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2002. 4 .30 (火)

 

 

シンプル

 

 

ずっと 文章をUPしていますが、私自身は 基本的には、とてもシンプルな気持ちでいます。

文章だけから受ける印象と、私のイメージは 結構ギャップがある場合があるようですね。

 

何かに没頭できるものがあると、気持ちはシンプルです。

気持ちが整理されていないと、まわりが気になりますよね。

 

ですから、それぞれの人が何か喜びを見出せるものをもって、

そういう人間関係が 良いコミュニケーションをとれるように工夫する、という方向性に興味があります。

 

 

と、いうことで 音楽的な研究の リンクを まとめてみました。

 

2001年に感じた音楽の事について振り返ってる。

演奏のパラメーター

 

音楽の専門用語ばかりなのですが、最近の私自身を ちょっと 分析してみました。
フレージングの 数学的なバックボーン
 

 

ジャズ・ピアニストの キースジャレット氏の表現分析 に関して 考えてみた事。

 

 

 

 

 


 

2002. 4 .29 (月)

 

 

JAZZ TRIAD

 

 

ジャズ・トライアド というピアノ・トリオのライブ 2日間が 終了いたしました。

 

私とBaa の F氏の オリジナル・ジャズの発表バトルのような ライブです。

トリオの3人が、お客様が、みんなが巻き込まれている。

そのような 感じです。

 

私は200曲以上、F氏は1000曲以上のオリジナルを創っていて、

二人の作品数は、合わせて1300曲以上は 確実です。

 

初見能力は、高まりますね。

 

初見といえば、2daysの間に、山下敏夫とRKBクィンテットの発表会で

110曲ほどの、歌謡演歌のステージをして来ました。

 

途中で、気を失いそうになります。

身の危険を感じます。 ある意味、命のかかったステージだともいえますね。

 

私は、この お手伝いのおかげで、未だに初見の能力をキープできていると感じます。

濃い2日間でした。   感謝。

 

 

 

 

 


 

2002. 4 .28 (日)

 

 

生け花

 

 

お花を 観賞する機会に恵まれました。

ジャズをずっとやっていると、夜の生活が主体なので、忘れがちなお昼の光を 思い出させていただきました。

 

お花の事は、まったくといって良いほど知識がないのですけれど、

それぞれの生け方によって、草花の喜びが 感じられます。

 

喜びとは 、生ける人の感受性によって草花に生命力が甦る様相だと 思いました。

 

さまざまな要素のバランスや、対比が 網羅されているように映り 楽しめました。

演奏が組み立てられる要素と 同じようなものも感じられます。

 

構想と結果  鑑賞する人たちと鑑賞される草花  静と動  光と影  力の方向と風の方向

男性的な性格と女性的な立ち振舞い  スペースとの関係  鉢と空間  身体の方向と目線

などなど。

 

それにしても、生ける方々の 性格や気持ちまでもが見え隠れするのが 愉快でした。

意気揚揚だったり おののきが表現されていたり、穏やかだったり 恐かったり、 シンプルだったり 難しかったり・・・

奥は深く、道は遠い。

 

にんまりしてしまっては、失礼になるような気がしちゃいまして、私の性格は いたずらっぽい という事も再認識。

 

ともあれ、千載一遇の有意義なひと時でした。

 

そういえば、私が弾くピアノの上には 生け花があり、私はその下でずっとピアノを弾いていました。

別の場所では、出入り口に 赤いバラが一輪ざし してあります。

 

私のイメージでは、ジャズはさりげない赤のバラのように と感じるのですが。

 

 

 

 

 


 

2002. 4 .27 (土)

 

 

お食事の作法

 

 

伝える人がいたとしても、注意深く 受け継ぐ人がいなければ 途絶えてしまう知識、というものもありますよね。

昔から伝わる 作法には、それなりに根拠が あるものなのだ、と思いました。

 

久しぶりに、母の顔を見にいきました。

会うたびに 小さくなっていく母と接すると、諸行無常を感じ、心が 神妙な静けさに包まれるような 思いがします。

 

お恥ずかしい話しですが、

数年前に、母から 正しいお食事の作法を 教えてもらいました。

 

「いただきます。」の後は、

まず、汁物を お箸で ひとかきして、口を湿らせます。 これで、お口の中が ニュートラルになります。

次に、御飯を ひとかたまり 味わいます。 この時、素材の甘さが拡がり 感謝の気持ちが起こります。

その後、おかずを それぞれに楽しみながら 味わう・・・。

そうすると、食に対して 豊かな感受性を 養えます。

 

子供の頃に 学んだのかもしれないのですけれど、記憶にある限り 考えた事がありませんでした。

 

これは、演奏のメニューにも応用できそうですね。

 

 

 

 

 


 

2002. 4 .26 (金)

 

 

ゆったりとした呼吸

 

 

私は、心のメンテナンスに呼吸法を使います。

常に、なるべく 基本に戻ろうと考えるからです。

そうすると、生を受けたときからもともと与えられていた力を自覚できると感じます。

 

本当に 何かに対して集中して考える力を持つためには、

本当に 何も考えないという事がどういう状態なのかを知っていて、

何も考えない事ができる という考え方もあります。

 

何も考えない 心の状態をつくる きっかけとして、最初に呼吸を意識することがあります。

 

基本は 鼻から吸って、口から出す。

ゆっくりと深く、おだやかな開放された気持ちです。

 

最も息を吸った肺の状態を基本に 姿勢を決めて、全身に無理な力が入っていない事を確認します。

なれてくると、一分間に3回くらいの呼吸になります。

 

そうすると、次第に 何にも捉われない心のイメージが、はっきりとしてきます。

 

これは、健康にも良いそうですね。

 

 

 

 

 


 

2002. 4 .25 (木)

 

 

休符

 

 

演奏を始めたばかりのころは、休符を表現することが なかなか難しいと思います。

 

どうやって 演奏するのかを考えている処に、演奏を一定の時間止めてしまう事になりますので とまどいますよね?

 

でも、演奏という行為を、サウンドの理想的なイメージに近づく為の作業や手続きだ と感じる事ができると、

そこに 様々な工夫をする事によって、演奏の技術に捉われずにすむ方向性を発見できると思います。

 

常に、自然なサウンドの中に、部分的な行為として 演奏の技術を感じる事ができるようになってくると思います。

 

そうすると、休符や()が 客観的になってきます。

 

16小節のお休みや、1コーラスのお休みなどがありますから、その延長上には、

演奏を聴いている人は全て、休符に演奏参加をしている、という感じ方もできると思います。

 

 

 

 

 


 

2002. 4 .24 (水)

 

 

楽譜

 

 

最近は、多くのヴォーカリストの方々が 楽譜を書く事が増えたと感じます。

 

私は、楽譜の書き方をアドヴァイスさせていただく機会が よくあるのですが、

その手前、私自身も 割合に 読みやすい楽譜を書くようになりました。

読みやすい楽譜とは、楽曲全体の構成や進行が ひと目で 理解できるという意味です。

 

でも、これには 大きな 落とし穴もあるのですね。

 

最近、某テレビ局のスタジオで レコーディングの お仕事を させてもらいました。

自分で書いた、読みやすい 楽譜に慣れてしまっている私を発見したのでした。

 

初見で見る楽譜は、きちんと書かれているものの 必ずしも読みやすい、というわけではないのですね。

以前は、読みにくい楽譜も 次から次へと初見していたものですが、

読みづらい楽譜を初見するといった 火事場のバカぢからは、確実に 弱くなっていると感じたからです。

 

,いうことで、早速 スタンダード・ジャズの 初見に取り組んでいます。

 

 

 

 

 


 

2002. 4 .23 (火)

 

 

PIANO TRIO

 

 

ステージ上で、私は メンバーに対して 全幅の信頼を 置いています。

 

サウンドは、アレグレッシヴであっても 常に 静かな時の流れがあります。

 

どの瞬間にも、一期一会を実感します。

 

 

 

 

 


 

2002. 4 .22 (月)

 

 

立花洋一 PIANO TRIO

 

Piano  立花 洋一 

Bass   丹羽  肇

Drums 木下 恒治

 

 

 

 

 

 

                                                丹羽 肇 立花 洋一 木下 恒治

 

 

 

 

 

 


 

2002. 4 .21 (日)

 

 

プレイが 変わった瞬間

 

 

過去に、私自身が 自覚する事ができた、

プレイが変わった 瞬間に 関連した出来事を ご紹介いたしましょう。

 

チャ−リー・パーカーのドナ・リーのテーマを理解したとき。

ヴォーカリストの気持ちの 受け入れ方を 発見したとき。

クライアントや プロデューサーのやっている 事や気持ちを理解したとき。

4拍目のウラや、4拍目のウラのウラが 楽しくなったとき。

メジャーな エンターティナーのステージを 勤めさせていただいたとき。

 

考えてみれば、たくさんありますけれど、

思い出すままに 記してみました。

 

また、折をみて UP します。

 

 

 

 


 

2002. 4 .20 (土)

 

 

イメージの力、再発見

 

 

と ある時、自分のプレィに関して 足りないな と思う事柄を発見して、その事柄に関する説得力を 補おうとします。

 

それらは 例えば、

スピード感、おおらかさ、歌心、パンチ力、瞬発力、フォロー・スルー、(ボクシングでは ありませんが・・・)

広がり、ダイナミクス、テンション感、ブルース、バークリー・システムの踏襲、アーティキレーション、

ボイシング、リズムの深さ、シンプルな伝達、スピリット、サウダージ、バランス感覚、フレージング ・・・

こういったアイテムだったりします。

 

だいたい と ある期間は、常に 一つの事を中心にして 意識していますので、

同じ事を考える経験をもつ人には、私が何を問題としているのかが 伝わってしまうこともあると思います。

 

だから、とあるアイテムは 意識しないようになる事が 目的になる、ともいえます。

発見したり 発明したアイテムは、とある期間を 次々に移り変わって行きますので、

私は、たくさんのアイテムを 常に忘れようと しているのだな、と 思います。

 

たまに 過去に捨てた記憶のどれかを思い出すと、改めて そのアイテムが機能している事を確認できます。

 

ピアノ・トリオでの演奏は3人で一つのサウンドを創りますが、

1+1+1=3以上の表現を実感する時、

初めて 3人のそれぞれのイメージが一つの共同作業をやっているのだな、と教えられます。

 

そういう仲間がいる事に関して、喜びと責任を感じます。

 

 

 

 

 


 

2002. 4 19 (金)

 

 

怖かった事

 

 

と あるナイト・クラブでバンドをやっていた時のことです。

 

トイレに向かって歩いて行くと、

パンチ・パーマにチョビひげをはやした 怖そうなオニ-さんが 歩いてきました。

 

私が よけながら 歩くと その人も 同じ方向によけたので まともに 顔面から 衝突してしまいました。

かなり 痛かったです。

 

私は、必死で愛想をふりまき 謝りました。

相手のオニ-さんも、同じように謝っているのですが、顔を見ると 完全に切れていて 危ない目をしています。

私は、殺される!と思いました。

 

・・・・・

 

以前、私はパンチ・パーマに チョビひげをはやしていた時期がありました。

その時期、本当に お友達がいなかったです。 はい。

今でも それに近いものは ありますが。

 

 

全身ミラーに移った おのれの姿に 恐怖していたくらいですから。

 

あの時は、一人でペコペコと謝っている 自分の姿を 人に見られなくて 助かりました。

今では、もう 時効ですよネ。

 

 

 

 

 


 

2002. 4 17 (水)

 

 

パーソナリティのコンセプト

 

 

ミュージシャンの場合、音の遊びを提供する立場だと いえるところがあると思いますので、

楽しげな 雰囲気というものは あると思います。

ですけれど、それは 楽しげな雰囲気で人と接する、という コンセプトの時間だといえます。

 

私の中では、相当はっきりと 方針が 決定されています。

演奏に集中する。 歩み寄りに徹する。 人のお話しを聴く。 人に何かを伝える。 共に歩み寄る。

場に応じた 営業に徹する。 思索に集中する。 五感の全てで インスピレーションを受け止める。

エネルギーを抜き取られないように 自己を守る。 徹底的に 何も考えない。 タイトな答えを出す。

 

俗に、場を読める 間柄 といいますが、そういう関係は、こういった その人なりのコンセプションが

相互理解に至る 関係だと いえると思います。

 

ほとんど 手続きを要さない関係や、100万回 説明をしても 伝わらない関係などが あると感じます。

 

 

コミュニケーション

 

 

わかっている人には、わかっている人と わかっていない人との 区別がつくのですけれど、

わかっていない人には、わかっている人と わかっていない人の存在区分が わからないと思います。

 

重要なコミュニケーションを取るにはには、

共に歩み寄るコンセプションの瞬間を 見つけ出すテクニックが 要ると思います。

 

 

 

 

 


 

2002. 4 16 (火)

 

 

あがる という事

 

 

本番で あがらない為にはどうしたら良いか、という質問をされました。

 

私は、多くの場面で ほとんどあがりません。

また、その質問をされた場面では あがっていませんでしたので。

 

でも、いろいろな場面で緊張は しますね。 緊張感というものは 必要だと思います。

それは、内面の問題で、思考は理性でコントロールされるようにこころがけます。

 

緊張が、感情のコントロールに影響を与えるレベルに達するとまずいなと思います。

 

過去の出来事としては、

マッコイ・タイナーさんの前で ピアノを弾いて自己紹介した時にはリラックスしてましたし、

6才の女の子の前では、緊張を 感じたという事もあります。

 

よくよく 考えてみると、慣れない場面では やはり あがるという事も ありそうですね。

ステージで、自らが 仕切っているときは あがらないということでしょう。

 

キーワードとしては

※ あがる ほど私はヒマではない。   と いう感じ方です。

 

 

 

 

一日に 最高、どれくらい練習したことがありますか?

 

 

こういう質問も受けました。

この質問に答える事は、結構難しいです。

 

練習・お仕事・本番 、主体性や義務、美徳などの意味が はっきりとしないと 答えられないですね。

また、練習の価値や成果が あるかないかによっても異なるでしょう。

それぞれの要素の価値は、環境によって まったく違った様相を呈すると思います。

 

プロの場合、練習を感じさせないように 弾くことにも 価値がある場合もあります。

 

だから、私の場合 一般的な答えはできませんけれど、

「 僕は今回、1日に50時間以上、練習したようなものだなぁ。」 だとか、

「 この一曲の演奏で、10年分は進化できた。 」と実感する、

などと 考えた経験はあります。

 

 

 

 

 


 

2002. 4 .15 (月)

 

 

upしたい事が沢山ありすぎて、なかなか追いつきませんね。

 

 

1人で、3人分くらいの生活を送っているような気分です。

でも、俗世の事に関する知識は ほとんどないのでは?と思っています。

 

と いう事もあって、久々にお昼の街へ出ました。

びっくりしました。

人が たくさん歩いている。

知ってはいるものの、珍しかったです。

プライベートな意識で、街へ出ると 童心に戻ります。

 

恐怖を感じたので、マネージメントをしてくれるS君に、行動を供にしてもらいました。

彼は、身長が187cm もあります。 その点は 一緒に歩いていて 気分が悪いです。

 

今時のシンセサイザーやハードディスクレコーダーなどを観ていると、

スペックの凄さに、人格が豹変し、人生が変わりそうになる。

いけない、いけない!早くここを立ち去ろう。

 

将棋会館があります。 表から見ているだけで、どよっとした念力を感じる。

以前は、よく行っていた事を思うと 恐怖を感じます。

濃い世界ですね。

 

マンダラケって、凄いですね。 コスプレの世界って、気合いが入っている。

長い事 探していた マンガ 「柔道一直線」 を、ゲットする事ができました。

 

街にいると、だんだんと思考が停止してしまいます。

情報が洪水みたいに 取り巻き、自分というものがなくなってしまうような気分になります。

危険だ。 社会復帰しなければ。

 

??

日頃の私が、非社会の中にいる という事も、改めて認識しました。

 

 

 

 


 

2002. 4 .14 (日)

 

 

土曜日に お会いした 映画評論家の木村奈保子さんのホームページをリンクしました。

映画は 好きなのですけれど、なかなか 映画館に足を運ぶ機会がないです。

もしかすると、今後 音楽を通して サポートさせていただく事があるかもしれません。

よかったら、ぜひ 見てください。

http://www.cinematopics.com/nahoko/

 

 

木村さんが ゲスト出演している番組に 美輪明宏さんが 出ていました。

 美輪さんから、去年 講演の前座で演奏させていただい時

「 ハービー・ハンコックみたいで カッコ良かったわよ〜ォ!!」と、

言って頂いた事があり、木村奈保子さんと美輪明宏さんに シンクロニシティを感じます。

 

 

Swing Voo-Doo's

 

feeeeeeeeeee というグループの方々と、お付き合い させていただいているのですが、

その ジャズ・バージョンのバンド、Swing Voo-Doo'sのライブを楽しませていただきました

 

私のオリジナル曲を 表現してくださり、幸せを感じます。

 

マインド・スルー・ザ・ブラインド

難解な楽曲だとは 思うのですけれど、色々な方々から 採り上げられるものです。

 

ゴーズ・オン・インサイド・オブ・ユァ・ハート

私自身、とても気に入っている楽曲です。

 

新しい JAZZ のグループを観ると、本当に頑張って欲しいと 感じます。

 

 

 

 

 


 

2002. 4 13 (土)

 

 

みなさん、おはようございます。

 

 

久しぶりに よく眠りました。

この2日間、濃かったです。

 

いろいろな事がありましたが、

まずは、シャンソン・ライブのアレンジと本番のお話しから。 これは、ピアノ・トリオ+チェロという編成です。

本番は、バラエティにとんでいて 充実した時間になりました。

 

◎ アレンジ

 

    立花洋一PIANO TRIO の絆。

   私のイメージーを理解してくれ、共に歩み寄りつつ それぞれの持ち場をタイトに表現してくれます。

   アレンジをしている時、PIANO TRIOの絆を 実感します。

   今回は、チェロが入るのですが、アレンジをする時、頭の中でPIANO TRIO のサウンドが鳴っています。

   

   チェロもTRIOも、マイフェバリットな 仲間なので、HAPPYです。

   

   

    ダイナミクス

   一般に、PIANO TRIO で ダイナミクスを出す事は、結構 大変な事だと感じます。

   私の場合、特に DRUMMER に ppp から、mf までを 要求する事が多いと感じます。

   普通の感覚だと、DRUMMERは、フラストレーションが溜まっちゃうと思いますが、

   アレンジの目的を共有してくれるメンツだと、可能になります。

   

   

    死

   アレンジをやっていると、死を身近に感じます。

   起きているのだけれど、現実にはない イメージの中だけの異空間で 作業をやっているのです。

   徹夜になる事が多いので、そういう記憶からくる感覚が 習慣になっています。

   現実の世界に 戻る事ができるのだろうか?といった 問いかけが起こります。

   今では、以前ほどではありませんが、恐怖と対峙します

 

   人間は、やはり 睡眠をとらなければ きっと死んでしまうのだろうな と感じます。

 

 

 

◎ 本番

 

    目的を持った、PIANO TRIO

   ステージで 唄を歌う主賓がいます。

   本番の意味は、人それぞれにあると思います。

 

   私のイメージでは、

   その方のサポートをさせていただく事ができる意味は、

会場に 来て下さる方々と主賓とミュージシャンとの共同作業であるわけです。

   

   音楽の表現にだけ与えられる 一期一会を実感する 共同作業だと いえます。

   

   

    シンプル

   シンプル イズ ザ ベスト といいますが、会場はそういう空気になります。

   だからこそ、全ての人達には色々な自分も映ると感じます。

   

   

    継続は力なり、という言葉がありますね。

   同じユニットの活動が 持続されると、段々と高まってきます。

   そして、加速度が付いてきます。

   この継続のイメージは、私個人の気持ちでは、

常に 今回で最後かもしれない、といったものの基本の上にあります。

   

   だから、毎回 ドキドキします。

   

   

 

◎ 打ち上げ

 

    何が楽しいかって、打ち上げです。

   今回は、偶然が重なり 打ち上げは できませんでした。

   お昼のシャンソン・コンサートの後に、フリー・ジャズのライブが入っているからです。

   

   業界のジョークでは、次のような 専門用語があります。

 

   会場入り      やったぁー!! 責任を果たしたゾー。

   リハーサル     仕事

   本番         遊び

   打ち上げ         今からが本番だよ。

   就寝         気絶

   

   あながち、本気だったりして。

   

   

◎ CDを聴く

 

    聞くという意識

   自然にBGMが流れている環境で、ふと耳に入ってくる曲に 耳が止まり、その曲を奏るようになる。

   そういう事もあると思います。 でも これは、自然なようで、めったにしかない事です。

   普通、サウンドは 頭の中で鳴りますので。

   

   何か目的を持って 探して 出会う事や、与えられる事が ほとんどです。

   

   

    CDを聴くと 演奏している時よりも 疲れてしまう事があります。

   内容を、どうにかしたくなっても できないから。

   

   聴いていたのに、時間がたって ふと 聴いていなくなってしまっている。

   そういう時には、恐怖と虚無を感じてしまいます。

   もしかして、僕って 音楽を好きではないのかなぁ?

   とっても 失礼な事をしてしまった。

   演奏中も、共演者の事をこのように扱ってしまっているのだろうか?

   などと。

   

   そういう 時の私自身が、結構 いやですね。

   ですから、自分の中では 聴くときと聞かないときが、ON とOFF のように、はっきりとわかれています。

   聴く能力 というものを意識します。

   

   

    音楽を共有する

   演奏を聴いていると、表現者の気持ちや意識が伝わってきます。

   それと 同様に、一緒に聴いている人がいると、その人の聴き方や感じ方に 影響を受けます。

   

   演奏にしろCDなどの音源にしろ、表現されるものには

そこから拡がる人の意識の種みたいなものを感じます。

   

   音楽のプロデューサーとは、本来 そういう処を聴き取る感性を 持っている、と思います。

 

   

◎ 相性

 

    あたりまえの事ですが、人には相性というものがありますよね。

   合うとか、合わないとか ではなく、この人と会ったら 濃い話しになってしまう。

   そういうものがあります。

   

   私にも、そういう人が何人かいるのですが、某 Jazz Spot のマスターとは、

   時間がなくても、時間を超えた お話しになる。

   

   妙に 血が騒いでしまう というのでしょうか?

   そういう 濃い時間を過ごしてしまいました。

   

 

◎ フリー・ジャズ

 

    シャンソンの コンサートの後には、フリー・ジャズのライブです。

   本当に フリーなのか、どうかは この際 追究しないでおきましょう。

   

   私にとって、新鮮なときめきのある時間帯です。

   

   

    Sax と 大声の泉さん。  Bass の立花泰彦。

   とっても、強烈な お二人です。

   

   立花泰彦は、何を隠そう、私のイトコなのであります。

   

   

    フリーに近いものと関わる時、価値観や常識、感情や意識、コミュニケーションなどについて考えます。

   人間の 思考様式が そのまま、音楽になるのでしょうか?

   何だか、脳内の回路を走りまくる 電子の様相 というような感じもします。

   

   でも、それを言葉にすると、ただのうた、とか 別に何でもいいじゃない というようなことになります。

 

   様々な要素に対する意識が、あってなきかのごとく 表現される。

   また、非自然でありながら、自然であるかのごとく 表現される。

   脳内物質、禅問答、感情の爆発、客観的傍観者、プロデューサー、レポーター、ライター・・・

   振り返り観ると、様々な世界が交錯しているようなイメージです。

 

   やっている方は 間違いなく、相当 楽しいです。

   う〜ん!!

   もっと、たくさんやりたいなぁ!!

   

   

◎ 木村 奈保子さん

 

    木曜洋画劇場のナビゲーター等で おなじみの木村奈保子さんが 尋ねて来て下さいました。

   木村奈保子 vocal、泉 邦宏 Sax、立花洋一 Piano、立花泰彦 Bassで セッションです。

   スタンダード・ナンバーを数曲。

   

   黒人のグルーブを求めるようなノビ、説得力を感じる 歌声は、

   シネマによって、沢山のエンターティナメント と、接してこられた 事によるものなのでしょうか?

   

   今後は、ボーカリストとしても プロを 目指されるということです。

   

   

 

   部屋へもどると、そのまま エレベーターで上がり下がりするように 電池が切れました。

   長くて濃い 1日?3日間でした。

   

   

   

   

 


 

2002. 4 12 (金)

 

 

今日は、恥をしのんで 一話。

 

 

そのむかし、私は アフロヘアーをしていました。

相当 気合いが入っていたと思います。

 

当時、私的には、黒人ジャズ・ピアニスト、キース・ジャレット2世だったわけです。

たまに、ハービー・コリアや、セロニアス・ピーターソン・・・ はたまたマッコイ・エマーソン でした。

 

今にしてみると、けなげで 赤面しちゃいます。

私は勿論、キースさんですら黒人ではないし、

お酒を飲んでいるホステスの方から 「ほらっ! アタマガ歩いているよ!」 などとは 言われませんものね?

 

と ある日、ステージが終わり 帰宅した時、何気に アフロヘアーをなでていると、その中から

でっかい 消しゴムが 出てきたことも 今となっては 懐かしく感じます。

 

 

 

 

 


 

2002. 4.11 (木)

 

 

新曲

 

 

PIANO TRIO のリハーサル・バンドで、オリジナルの曲を6曲 練習しました。

最近創った 曲は 5曲あります。

 

そのうちの1曲に、チャ−リー・パーカーが吹いたら 似合いそうな曲があります。

私の中では、「コンセプト・オブ・トゥーファイ」というカテゴリーに分類されるものです。

 

いつの日か、みなさんにも聞いていただきたいと思います。

ですが、奏っているうちに 本当にこれはパーカーの曲ではないだろうか、と感じるようになりました。

 

よくある事なのですが、本当に これはパーカーが吹いていたのでは、と感じてしまいます。

不安なので、一度 パーカー通の人にでも 確かめてもらおうっかなぁ。

 

 

 

 

 


 

2002. 4.10 (水)

 

 

土曜日のライブのリハーサルがありました。

 

 

シャンソンのランチ・コンサートです。

その日は、立花洋一PIANO TRIO (ジャズのピアノ・トリオ)と、

私が好きな、クラシックのチェロ奏者と一緒です。

 

その後は、私のイトコと一緒に 演奏させていただけるのですけれど

それは、フリー・ジャズに近い雰囲気を感じます。

 

今週は、バラエティにとんでいます。

オリジナル・ジャズのリハーサル、

シネマ・ミュージックのシンガーも東京から訪ねてきていただけるみたいです。

 

 

 

 

 


 

2002. 4. 9 (火)

 

 

表現者

 

 

社会には、いろいろな考え方の基本があると思いますが、

何かを表現しようとする人は 基本的に、自らのコンセプトを強烈に持ち、

そうすることによって、人の事が見えてくると 感じます。

 

だから ある意味、何かを表現する人が 人と調和を持つ為には、

確かな根拠を自らに持ち、その部分を ことさら主張する必要のないレベルまでに高め、

自然に 人の事が自らの感覚に入ってくるような 印象を持ちます。

 

セロニアス・モンクの Well You Needn’t を聴きました。

よくぞ、これを出したね・・・といわれる、問題のアルバムです。

 

いろいろな混乱が起きていて、笑えるセッションですが、

ホーン奏者の立場になってBass やDr.を中心に聴くと 何が起きているのか解ります。

でも、モンクのピアノ・バッキングを聴くと 難しくなる。

特に、途中で わざとタイミングをずらして( シンコペート) 入ってくる モンクのカウンター・ラインを聴いてしまうと、

どうしても、自分のリズムがおかしいのでは、と不安になってしまいます。

コルトレ−ンが、そういう葛藤の狭間で 表現しようとしているドキュメンタリーも入っています。

 

 

 

 

 


 

2002. 4. 8 (月)

 

 

昨日、2002 ジャズ・フェスティバル・イン・鹿児島の帰りがけ、

ん?十年ぶりに、とある雑誌を買いました。

 

小学二年生と小学三年生です。

やはり、モーニング娘の大特集が載っています。

 

勉強しよぉっと。

 

組み立て式の付録も懐かしいですね。

 

 

 

 

 


 

2002. 4. 7 (日)

 

 

シンクロニシティ

 

 

この言葉は 幾度か ピックアップ してきましたが、結構 人生を楽しむためのキーワードとなると思います。

 

たまたま起こる、偶然の一致の事を示す言葉でもあります。

 

取るに足らないような、いくつかの出来事が 関連しあっている事を偶然の一致と 言いますよね。

まず 最初は、その偶然の一致を 認めるか認めないかで、異なる人生観になるでしょう。

また、そういうお話を 共有できる仲間を持つか持たないかでも ずいぶん違ってきますよね。

良し悪しではなく。

 

そういう出来事をシンクロニシティという言葉に置き換え、意識すると、多発し始めます。

そして、それを楽しむ事ができる。

 

関連の中から 公式をイメージし、ものごとの感じ方に 様々な方向性があることを知る。

一人の人間は、全体の中で 一つの働きを 担当している、という感じ方の地図を手に入れる。

 

こういったような、マクロ的な視野と結びつくものを 感じます。

 

 

 

 

 


 

2002. 4. 6 (土)

 

 

ストーリーについて

 

 

楽曲は 形式や構成という考え方の土台の上に創られている事が多いです。

たとえば、AABA形式・・・  Bの部分は、通常 サビと言われます。

形式という場面の上にストーリーが展開されるといえます。

 

これは、物語として 起承転結に置き換えて考えることができますよね。

ジャズ・プレィヤ−がアドリブを行なう場合も、その曲が持つ 起承転結のエネルギーに従っています。

一応。

 

ですが、表現者の個性として、その上に 様々なストーリーの組み立てが試されます。

 

 

 6日の土曜は、2002 ジャズ・フェスティバル・イン・鹿児島に出演してきました。

有意義で、ミュージシャンとして 恵まれた一日でした。

多くのジャズ・ミュージシャンが集うのですが、やはり 一人一人のスピリットが濃いです。

 

私の中で いつも やっていることに、やはり 他の素晴らしいミュージシャン方のエネルギーが加わり、

ストーリーの組み立てに、より拍車がかかります。

 

いつもより 短く限られた時間の中に 私のアドリブの場面が来るので、起承転結をするのでは満足できません。

私は、口から火を噴きながら 時間を変えます。

結果的には、転承転転結結 みたいな表現もします。

 

そういう事もあります。

 

 

 

 

 


 

2002. 4. 5 (金)

 

 

思考と行動

 

 

何も考えずに 直感に従い 楽しく活動をする事で、人と人の関係が広がるといいですよね?

 

なかなか そうはいかないから 人は色々と考えてから行動を起こすと思います。

そして、皆で活動するために皆で一緒に考える事がありますよね?

 

と ある時点で 考えるために考えるようになると、それは もしかすると、錯覚におちていることのように感じます。

 

もちろん、分業化ということがありますから、そういう専門家がいても まったくおかしくはないと思います。

行動は、社会構造に帰属していますから。

ですから、考える専門家は、人間の活動に 具体的な力を提案するための 力を担当していると感じます。

 

音楽でも、演奏の活動には 直接関与する事のない 作曲家やアレンジャ−という カテゴリーもありますし。

 

と いうことで、何かを考える方向性の中に

実際の行動のイメージに 直接 働きかける力があるかどうかは、重要だなと感じます。

 

錯覚が学習されれば、

楽しむための音楽、建設的な会話、働きがいのあるお仕事、生きがいのある社会、国家のための政治・・・

こういう公式が見えるようになるはずだと 感じるのですが。

 

たまたま 民放のニュースを見ていて思ったので こんなことを書いちゃいました。

こういうことで、一人一人の自覚が 重要で、類が友を呼び、そういう意識が拡がるようなイメージを持ちます。

 

ちなみに、私の場合 活動は、音楽の領域内で というコンセプトに従うと思います。

 

 

 

 

 


 

2002. 4. 4 (木)

 

 

作曲された楽曲について

 

 

このWhat’s Newは、日記のような形式をとっていますけれど、実は 私の備忘録のようなものでもあります。

今日は7日なのですけれど、4日に考えていた事をUPさせてくださいね。

 

音楽作品は、ミューズと人間の子供だと、私は考えます。

だから、作品は なるべく多くの人に知られ、親しまれる権利を持っていると感じます。

政治がからむような特殊な例は除きますけれど。

 

一般には、親しみのない曲は敬遠されるような風潮を感じますが、

初めて聴く楽曲を楽しむ会などがあると良いですね?

そのような事を、ふと思いました。

 

また、私の作品に歌詞をつけてくださる方も何人か いらっしゃるのですけれど、

そのようなご縁には、とても沢山の感動と感謝の気持ちを実感させられます。

 

このように 音楽と人、詞や楽曲との縁が 拡がっていくと嬉しいです。

 

 

 

 

 


 

2002. 4. 3 (水)

 

 

私のレパートリー

 

 

楽譜を見なくても、演奏することができちゃう スタンダード・ナンバーの事をメモリー、といいます。

キャリアや環境による個人差はありますが、ジャズピアニストの場合、30〜40曲くらいから始まります。

メモリー形式による演奏の経験を積む人ならば、100曲から7〜800曲、もしくはそれ以上 あります。

 

ボーカリストは、歌詞という 濃いものがあるので、レパートリーを増やすのは大変ですね。

 

アン・ビリーバブルな お話しですが、二十歳そこそこで 3000曲以上歌えていたらしい、というシンガーもいます。

1年365日で20年としても、7300日ですよね。

ちなみに、その女性シンガーの国籍は フィリピン人です。

 

 

私の場合、メモリーは 4〜5曲です。

「枯れ葉に酒バラ、え〜っと、ミスティに・・・え〜っとぉ〜なんだったっけ?」

 

実際は、600曲以上は 弾けるはずなのですけれど、

ステージ上で 思い出すことができる曲名は、とっさには数曲しか 出てこない。

とっさの曲は、業界で 「定食」といわれる、選曲するにあたって安全度の高い お決まりのコースから出てきます。

 

定食にも、時代性、地域性 などありますね。 また、楽器によっても 傾向が異なります。

 

 

 

今日は  ナイショ話を お一つ、特別に。

 

実は、数日前に やっちゃいました。

 

「浮気はやめた」を、意気揚揚と 演奏していた時のことです。

サビが、「ハニー・サック・ローズ」になっちゃいました。

かなり、恥ずかしいです。

 

それでは、今日は このあたりで・・・。

 

 

 

 

 


 

2002. 4. 2 (火)

 

 

イメージの力

 

 

演奏者やアレンジャーのイメージが大切である事は、周知のものですよね?

イメージは重要です。

 

ピアノを演奏するとき、私のイメージでは ジャズのカルテットだったり、オーケストラだったりすることがあります。

そういう 想像が、演奏のテクニックに はっきりとした意味を与えてくれます。

 

だから、いろいろなテクニックに 慣れてくるということは、ある意味 感動を失いつつある状況だともいえるでしょう。

そういう時には、イメージのしかたや、気持ちの方をチェックします。

 

仲間から聞いたお話ですが、

ドラマーのエルビン・ジョーンズが、一つのドラムセットだけを使って、数十分のドラムソロを演じました。

それを聴いていた人は、まるで オーケストラのサウンドを聴いているようだった、と感じたのです。

 

それは、疑いようもなく エルビンの感性には、そういうバックボーンがある、ということですね。

 

 

 

 

 


 

2002. 4. 1 (月)

 

 

春の息吹を感じます。 エープリル・フールも終わりましたね。

 

 

まわりにいる人たちは 全て、自分自身の投影だ という考え方に 照らし合わせて

常に、色々な方々から 気付きにくい 私自身を教えていただいています。

 

たまに、楽しい会話の中で 言葉でもって、そういう事柄を教えてくださる方もいらっしゃいます。

そういう時、私は まわりの人に恵まれていることが楽しくなります。

 

ちなみに、このWhat’s New を読んでいただいている方々から、私の文脈の中に、

まったく自覚していない 私が表現されていることを 教えていただいて、新鮮な驚きを受けました。

 

例えば、

私にも機嫌の良し悪しが あること   気持ちの浮き沈み  過剰サービス  遠慮

ひらがなの使い方   予言(笑)  などなど。

 

ありがたいです。  これからも、楽しんでくださいね。