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2002.2. 28 (木)



いろいろな人


会社を展開させるのが趣味の人(2月11日)に続いて、
今日もいろいろな方たちの中から、強烈な印象を残していった方をご紹介しましょう。

○ 年少の会長。

職種も忘れましたが、17歳でカンパニーの会長になっている茶髪の若者がいました。
外見からは、まったく想像だにできないです。
私に「オリーブの首飾り」をリクエストしてくれますが、彼は 思いっきり 私の演奏を楽しんでくれます。
ジャズピアニストとしては 一般に演奏したく無い曲なのですが、
彼のパワーには、そういった事柄が、小さな問題だと 感じさせてくれるようなものがあります。

私の感じるところでは、彼は 徹底しています。
遊ぶときには遊び、仕事をするときには仕事をする。
これは あたりまえですが、彼自身の意識の中では、その場でのコンセプトの純度が 高いというイメージです。

だから、遊びの場では 社会的なアイデンティティを主張する事はないという方向性です。
普通は、プライベートな時間でも、お仕事の問題や人生観などが じわっと出てきて、
まわりの人たちに ついつい語ったりして、重い場になったりすることがあったりしますよね。

でも 彼は、そういた状況は ついでの仕事、ついでの遊びなので、そういう事はしない、と 感じていると想像します。

当然、取り巻きの方々を見ると、彼の社会的な状況は想像できますけれど、
彼自身は純粋に、その場のクォリティを意識しています。

だから、彼の考え方は 「ついでの物事はしない。」・・・というものがあると感じました。

中学を卒業し、土木作業現場で汗を流して、
16歳で組織をつくり、広域に展開し、会長になったのが17歳。

最後に会った時 彼は、私に言っていました。
「遊ぶのは とりあえず 今日、ここが、最後なのです。 だから、会いに来ました。 どうも、ありがとうございます。
 ここが最後で、4年間は修行しますので。 今日から4年後に、また会いたいです。 それじゃぁ。」


 

2002.2. 27 (水)



人生が楽しくなるテクニック


何も努力せず、ちょっとした 工夫だけで幸運を呼ぶ方法 というものがあるみたいです。
その日から 楽しくなれる方法を公開します。

ちょっとした アンラッキーな出来事は、大きな不幸のエネルギーを 散らしているものだと感じます。

○ 打ち身や捻挫が絶えない人
大きな、怪我のエネルギーを拡散している。 よかったぁ!


○ 車上荒らしに会う
これからの不幸まで持っていってもらって、ありがとうございます。


幸運の女神は、微笑む人に 微笑みかえす、と感じます。



 

 

2002.2. 26 (火)



無音


今現在、私達をとりまく環境の中には、さまざまな音楽の情報があふれています。

でも、ちょっと考えてみると、少し以前までは、音楽の情報は、実際にはなかなか手に入らなかったと思います。
だから、作曲家は 基本的には、心の中でサウンドを作っていたと想像します。

そういう事を考え、子供のころ 祖母の「子守り唄」しか知らなかった頃の記憶を回想してみることがあります。
私は、そういう意味で 無音の環境は結構好きです。


 

2002.2. 25 (月)



命の掛け方


命の掛け方、と いうと、重く暗いものをイメージしがちですが、
本当にそういうことができれば、結構 楽しいものだと思います。

まず、人には優しくなれるのだろうな、と感じます。
そして、命をかけている事は、主張する必要がない。
なぜならば、同じ種類の人から見れば 一目瞭然だからです。

命の掛け方とは、実際に死と直面する体験を持っていたり、
心に、生と死について 考えている部分を持っている人が、
全ての責任を自らに求める方向性を探す事にあると感じます。

ただ、その過程においては、葛藤も大きいとは思います。


 

2002.2. 24 (日)



私の読書


少学 中学の頃は、よくわからずに 有名な本を読みました。
源氏鶏太のサラリーマンの人間模様を描いた作品から、吉川英治さんの宮本武蔵などを覚えています。

その後二十歳を過ぎる頃からは、音楽の演奏と将棋を指すことの 2本立てのような時期を 過ごしたこともあって、
書籍といえば、将棋の棋書に集中していました。

その時期に、私の価値観の中では 実際に即した具体的な 知識に飢えている、という実感が強くなったと感じます。

その頃の考え方では、
具体的に特定できる 答えというものを所有することができない 音楽活動をしています。
そして、そういう 答えを出すことができない事柄とバランスをとるための、
火を見るかのように、はっきりとした結果が出る将棋の勝ち負けと 接しています。

ですから、勝つ という事実を、より確かなものにしたい という目標に向かって 将棋の本と接したと思います。
この頃、S君という 天才的なライバルが 目の前に現れたことも、私にとっては 貴重な出来事となっていると感じます。
数えてはいないのですが、数百冊の棋書があると思われます。

私には、小学校1年生の頃 決意にも似たような感覚で、はっきりとした願望が芽生えた記憶があります。
それは、「全てに渡って、本当のことが知りたい!」といったものです。
このテーマの意味は、社会的なものよりは、物事の道理に近い方向性のものだと感じます。

事業に関する情報を必要とした時期もありましたが、
一般社会に認知されているものよりは、社会や人が成り立つ基盤の方に興味があります。
と いう訳で、得体の知れない とされている物事に関する書籍に興味は移って行ったと思います。

ジャンルは、超古代史・哲学・科学etc.です。

それらは、物事を広く見渡したり 極所を深く追究する見方の 一つの例であって、
賛同や共感を覚える人達の、社会的反映の統計がそういう書籍の評価だと 感じます。

そういう事で、その頃 私は 自分をはっきりとさせたいために、音楽的な活動を中心として
自らの物事の感じ方を、自分だけのために書き始めました。

そうすると、常に 自らにテーマがありますので、目の前に現れる書籍は、
そのテーマのヒントとして読むことができるように感じてきました。

ちなみに、今では 小説の類いは ほとんど読まないのですが
丸山健二氏の「争いの樹の下で」(上下)は、私としては珍しく ジャケ買いしました。
ハッピーなものではありませんが、それ以降 氏の書籍にはもやもやとしつつも、興味があります。

暗い哲学を、少しでも 軽く読みたいと感じられる方には お勧めできる本が一冊あります。
「ソフィーの世界」 ヨースタイン・ゴルデル著 日本放送出版協会。

思いつくまま書きましたが、私の書のイメージには、こういう側面もあると感じます。


 

2002.2. 23 (土)



仕事がいそがしい人


それは、その人の価値観が表現された 氷山の一角にしか過ぎないと感じます。
だから、誰もその人のプロセスを経ることはできないと感じます。

人は、社会の中では 結果によって判断されますが、結果にたどり着くまでには、
その人なりの物事の感じ方や、そこから拡張される 人とのかかわり方に主体を感じます。

それは、一対一の人間関係が基本だと思います。
だから、結果の本質は、良い事も 好まない事も含んだ、その人なりのプロセスだと感じます。


 

 

2002.2. 22 (金)



あっ!


日時設定の プログラムが 勘違いしてるぅ・・・。

ちなみに コンピューターにプログラムされているのは 私です。

今日は(昨日)、部屋に帰ってくると すでに更新してありました。
出る前に UP していたのかぁ、と 思っていたのですけれど、
なんとなく 何かを忘れているような気がしていました。

と いうことで、日付の修正に 至りました。

みなさん!

みんなで、コンピューターに プログラムされないように 気をつけましょうね。



 

2002.2. 21 (金)  → (木)



コンピューターの文章製作


目の前に現れた 文章作成マシーンは、凶暴である。
暴走するし、情けようしゃなく、何度でも危険な事を してきます。

できない事を言ってくる。
ですから、少しずつ 学習させなければいけません。

でも、旧式なので なかなか学習の効率が悪い。
しかたなく、しょっちゅう 強制終了させます。

でも、性懲りもなく 同じまちがいを 言ってきます。
このあいだなんか、あまりにわからないから、
お客様相談センターに連絡させ、車で 奔走させました。 2往復くらいしていました。

でも、できの悪いプログラムは たいして賢くなっていません。

やっぱり、プログラムというものは、とても手間隙がかかるものなのですね。

このソフトは、相当手直しが必要です。

あっ そうそう。 ソフトの名前は 立花洋一 とか、言っています。
今も 言っています。  はい。



 

2002.2. 20 (水)



昔の事を思い出しました。

ピアノという楽器は、一人で メロディもリズムもハーモニーも 表現したくなっちゃう欲張りなものですね。

でも、何か はっきりとしない もやもやが常に心に残る楽器でもあります。
良かったような、そうでもないような・・・。  ウケてるような、すきま風が吹いているような・・・。

バンドに入ったときの 殺伐とした 不安感は、今でも 思い出せます。
ボーカルのエンターティナメント。  サックスの説得力。  ギターソロの達成感やカッティングの正確さ。
ベースラインの完結した手応え。  ドラムの無敵、最強ぶり。

全てにわたって、ピアノの説得力が弱すぎる。
これって、ピアノを弾く以前に、人間としての自分が弱いと 感じるのですねぇ。

だから、強くなりたい。 怪獣みたいな、強烈な説得力を身につけたい。
説得力を身につけるためには、考えるわけです。   そして、様々なテクニックを覚えるでしょう。
でも、目的は テクニックを使っていながらも そこにはとらわれない、よりシンプルな表現の方向性です。

という事で、とらわれたくはないけれど 知っている必要がある と感じる細かな事柄は たくさんあります。
それで、いろいろな先駆者の演奏を研究したり、音楽の理論を学習する必要を感じました。

今でも そうですが、はっきりと言える事はあります。

好きなことしかやれない。  だから、好きになる理由を 必ず作る。
わからないことはできない。 だから、しなくてはならない状況に自らを追い込む。
わからないことが百も千も万もあっても、一つ一つからやる。

理想論かもしれませんが、そういうイメージです。
あまり 思いつめなく 気楽にやる方が良いと感じます。

自らの気持ちを説得させるための、音楽的な基準は、楽典やJazz理論が参考になると思います。
良い演奏を聞く事はもちろんだと感じます。




参考までに・・・
音楽の専門用語ばかりなのですが、ここ最近の私自身を ちょっと 分析してみました。
 


 

2002.2. 19 (火)



シミュレート


コンピューターで音楽を作る場合、シンセサイザーの音源を使います。
これは、実際に人が演奏する楽器に より近いサウンドという考え方も入っています。
だから、ベーシストはピアニストのようには弾かないし、
ドラムも、基本的には 一人で叩いているような使い方をします。

つまり、自然なかたちで人が表現しているもの、という方向性があると思います。

ストリングスという音色は、もともと画期的なものでした。
なぜなら、複数のバイオリンやヴィオラ、チェロなどのイメージが、鍵盤上の指一本で表現できちゃうわけですから。
そして、ストリングスという音が市民権を得ると、
今では シンセのストリングス、というイメージやサウンドメイクの考え方もあるわけですね。

と いう事で、いろいろな楽器のもともとをたどっていくと、
ビバップジャズのピアノのアドリブ・フレーズには、サックスの唄い方に近づく、という考え方もあったわけです。
そして、サックスは もともと人が歌うように、という方向性がありました。

それでは シンガーの歌は というと、心に聞こえるサウンドというものがあります。

そして、心に聞こえるサウンドというものは、
自らや人の声をはじめとして 実際にあるサウンドの影響を受けていると感じます。

このように考えてみると、人が表現するために仲介させるものは、
声帯であれ、楽器やエフェクトにしても、心に響かせたいサウンドの枝葉に属すると考える事ができます。

その重要な 枝葉にとらわれる事なく サウンドの中心に向かう、という感じ方を 考える事があります。

こういう事をはっきりと意識して考えるようになったのは、
「ピアノ以外にはできない唄い方でも、それがピアノを通して唄っていれば良い。」 といった意味を、
ハービーハンコックの語りに 感じた事がきっかけになりました。


 

2002.2. 18 (月)



クォリティ


人との関係は 基本的に、歩み寄りだと感じます。
ともに歩み寄るためには、お互いのことが ある程度 見えている事が必要だと感じます。

そして、歩み寄る事ができる関係というのは、ともに 相手を理解する方向で
楽しむことができる関係のことだと感じます。

そして、さらに重要な事は 歩み寄ろうとする気持ちと、理解しようとする気持ちだと思います。

だから 歩み寄ることが難しい場合、それは人間関係において 貴重な考える事が与えられている情況だと感じます。
歩み寄りが難しいという場合、だいたい自分の価値観の外側にある、別の価値観が求められていると感じます。
そういった状況は、視野を拡張するチャンスだと感じます。

多くは、人それぞれが持っている目的の明確さと、それに対する考え方の方向に根拠があると思います。


 

2002.2. 17 (日)



音楽の3要素


さて、音楽の3要素について 様々な形態が考えられます。
私も、いろいろな場面で いろいろと考えました。


(例)

○貴方と夜と音楽と                どこかで聞いたような。


○酒と涙と男と女                 これは、4つもあるなぁ。


○リズムとスィングとグルーブ          ちょっと、偏っている。


○唄ごころと気合いと人生            難しい。


○血と汗と涙                    いやな。


○ど根性と男気とやさしさ             ・・・。


○あら塩の歯磨き、エルアスコルビンサン、禁煙      ますます、音楽ではない


○リハーサル、本番、打ち上げ          ひょっとして、これかな?


○コンセプトと営業、アフターフォロウ      きっと、これだぁ。


○捨て身、己を捨てる、わが道を行く      ちょっと危ない。


○自分、人、チームワーク            これは、あたりまえ。


○練習、リハ、トレーニング           全部 似ている。


○自由、楽しい、自然              これだけで良いなら このWhat’s New は必要ない。


○調和、達観、解脱                ・・・。


○はれ、ほれ、ひれ                


一般的には、正しい「音楽の3要素」は、すぐに思い浮かべる事ができるほうが良いと 思います。
正解は、2001年11月20日のエッセイを見てくださいね。


 

2002.2. 14 (木)





社会的に フリーダムな立場にいる事を基本とした場合ですが・・・。
人は、ある程度人や社会に対する影響力を持ってくると おしゃべりの内容も制限されてくると思います。

普通、人は自ら進んで 苦言やネガティブな事柄は言いたくない と感じているつもりだと思います。
そして、苦言に至る物事の感じ方を反省して、良い言葉に置き換えるように自己改革していきますよね。

また、自分に正直である事は 重要なので、
好きなことや嫌いな事ははっきりとしていて良いと思います。

でも、ある程度 人とのかかわりが拡がると、そこには自分が好きでも 人は好まなかったり、
反対に、自分が嫌いでも まわりの人達が大切にしている事柄は増えてくると感じます。

だから その感じ方の工夫として、ある程度の物事の受け入れ方を広くする方法に行き着くと思います。
それは 受容 と呼ばれますが、好むことも 好まないことも受け入れる、といった考え方でしょう。

それは 自らの心を客観的な 位置に置く 手法だと思います。

そして、多くの人達と接し、影響力を持つときには、
そこにいない人や物事をほめる、という事にも危険な側面があると思います。

なぜなら、好むと好まざるに関わらず、引き合いになりそうな 他の人との比較が生じてしまうからです。

こういった事は、一人で静かな時に 回想してみると、以外にも 直感できているように感じます。


 

2002.2. 13 (水)



ゆっくりと進む事の美しさ


そういう、感じ方を意識します。
それは また、気持ちが中心となった感じ方とは並行して意識できる、異なる自分でもあります。

ジャズのフレーズには、細かい音符で進むところなどが出てきますよね。
演奏していると、ついつい力が入りがちだと思います。

でも、けっこう そういうところでこそ、力が抜けていると ヒップな場面が、多々あります。
力は抜けているのですけれど、スピリットは入っている。

そういう気持ちを 常に確かめます。

また、ゆっくりとしている場面では 力量がはっきりと出ます。
速度のイメージでごまかす事ができないからです。

だから、力が入りがちな、そういう場面でもゆっくりとした気持ちを意識します。 

と いうことで、気持ちとスピリットは常に必要で、基本的に力は抜けている。
そして、全体の構成を見渡していて、ここぞと思う場面で 力を持って来る。

ですから、力が表現されるところは、最も冷静な場面でもあります。

いろいろな方々と対峙するなか、ゆっくりとした所作やお話しと接したときにも、何か 共通した感性を感じます。


 

2002.2. 12 (火)



認識の構造


物事を考える基準に、地図みたいなものがあると、考えることがとても楽になると思います。

たとえば、言葉を使う場所には、口から出る場所と、考えている心の中で使われる場所がある。
こういう二つの場所が理解できると、ついつい雑に通り過ぎてしまいがちな考え方をゆっくりと整理できます。

何か 重要な決定を下すときには、最終的には一人で物事を決めるにせよ、誰かに相談する事もあると思います。
でも、客観的に冷静なビジョンを持つためには、最低 三人の異なった価値観を持つ人の意見が必要だと言われます。
会社の運営などでは、わざと異なる価値観を持っている人を参謀に持つ、という考え方もあるみたいですね。

一人で ものを考えているとき、冷静に考えているつもりでも、結構 希望的観測に終始してしまいがちです。
だから、もう一人の さらに客観的な自分をシミュレートし、3人の立場を作る。
そういうふうに 三つの場所をイメージすると、より楽に正確に、物事を考えることができると感じます。

感情的になることがある自らを規制するときにこそ、こういう地図を、はっきりと描きたいなぁと思います。


 

2002.2.11 (月)



いろいろな人


私は 職業柄、多くの方たちと出会う事ができ、またご紹介を受ける事にも恵まれていると感じます。
いろいろな方たちの中には、強烈な印象を残していく方も おられます。

今日は、その中から 思い出せる方の事を ご紹介しましょう。


○ 会社を展開させることが趣味の人。

思春期にある若者たちが好きだ、と 語っておられる方がいました。
しばらくすると、塾を作るのが目的だ、と言っておられました。
しばらくすると、すでに塾は展開しており、すでに 会社を創立して 広域の拡張を目指しておられるようでした。
その後 展開はうまく行き、部下に権利を譲って フリーです。

しばらく 会わないなぁ と思っていると 数年後、建設関係で 働いている という事でした。
何か、経済的なものや 地位などのバックボーンを持っていると、ピュアな考え方ができないので
裸一貫で働く事をコンセプトとしておられるようでした。
しばらくすると、やはり 数人の若者の仲間と一緒に、楽しげな姿を見せてくださり
その時は、イベントを展開させるのが楽しみだと語っておられました。
イベント関連の会社が展開したら、若い参謀に 権利を譲って、また裸になるつもりだ と 語っておられました。

その後、また 数年後に、お話しをした時には、寿司をにぎっている との事でした。

社会というものに対する、個人の問いかけ というものがその方の生き方だと感じます。


仕事や人生について、成功したい という考え方もありますが、
その人物の生き方は、人生のプロセスを楽しむ、という事みたいですね。


 

2002.2. 10 (日)



ナタリーコール


いろいろなミュージシャンを聞きにいきましたが、そのアーティスト一人一人の人生が違うように
音楽に対するアプローチや、感受性のバリエーションが違うことが楽しく、参考になります。

以前のことですが・・・。
BLUE NOTE にナタリーコールを聞きに行ったときには、強烈なインパクトを受けてしまいました。

父親のナットキングコールは、ジャズの代名詞ともいえるような存在であった。
その中で、彼女は 常に父親の引き合いに苦しんだ時期を持っている。
私の勝手な想像ですけれど、そういうものを感じました。

また、そこを乗り越えて 彼女を通して、ジャズのスピリットが噴出する事をダイレクトに実感する。
私の許容範囲を超えた、ジャズのスピリットに巻き込まれたかのような印象です。

これは、文字にできないです。 また、そのままにしておきたいような気がしないでもない。
と いいながらも、しようとしていますけれど、まだできないですね。

この時は、悲しいわけではないのですけれど、破裂した水道管のように涙が出て 腰が抜けていました。
情けなく、かっこ悪いですけれど。
そういう経験は、過去に2回ほどありますが、今となっては、有意義な思い出となりました。

そういった経験は 体験となり、
私に いろいろな局面で その背景にある意味合いについて考える材料を与えてくれるからです。

ナタリーコールというジャズシンガーは、私の人生を豊かにしてくれています。


 

2002.2. 9 (土)



リズムのイメージ


演奏はダンスだという一面があると感じます。

以前、リズムの取り方を知りたくて、女性ダンサーと一緒にクラブに行って 踊ってもらいました。
踊るといっても、ビートに身をゆだねているだけなのですが

そうすると、やはり 予想どおり、身体の芯が反応するポイントが違うのです。
どうも、私の方が遅いのです。 彼女のリズムは、どうしても私より ずっと先を行っています。
なんだか、彼女の反応は、ハシッテいるようでもあり、めちゃくちゃなようでもあり わからない。

でも、30分後には コツがわかりました。

普通一般人は、リズムを拍のアタマで勘定しますが、彼女たちは 拍のアタマで感じ終えているようですね。
そして、考えて数えている訳ではなく、フィーリングで通り過ぎるまでトレーニングを積んでいると思われます。
だから、いちいちもっともらしい動作がなく、
身体の枝葉である手や脚、頭や首などがリラックスして揺れているように感じます。

身体の芯の動きは、実際のビートのタイミングより、拍のウラの分だけ早い。
だから、そのタイミングの差の落差によって、リズムの感じ方に回転とグルーブが生じる、といった感じです。


 

2002.2. 8 (金)



判断の基準


様々な価値観が交錯する世の中で、物事を正しく判断する事は容易ではないと感じます。
正しいという事や、正しくないという結論めいたものも、その場における人と共有できる物事であると感じます。
世の中の道徳も、その根拠をどこに置くかによって、いろいろな答えになると思います。
そういった事柄を、現実とのバランスを取りながら 活動するのが現状だと言えるでしょう。

私の場合、いろいろな考え方を 3つの設計図のようなものと照らし合わせます。

一つ目は
私自身や人の心を判断する設計図
そのパラメーターには、意識、集合無意識、深層心理、中間意識、表層意識、精神、自我・・・というものがあります。

二つ目は
いろいろな人達が所属し、今現在の根拠となる 社会や歴史に関する設計図
そのパラメーターは、存在原理、人間原理、社会性原理、男性原理、女性原理、親子の原理・・・です。

三つ目には、
物事の本質を知りたいなぁ、という方向性が示されます。 意識座標系、と名付けています。
そのパラメーターには、横と縦があります。
脈絡のある答えを示すためのコンセプト。 これは、横方向の認識と呼びます。
それに直交する縦の方向に示される、それぞれの世界観。 それぞれを一つの次元、と言ったりします。

文章だと 難しくなってしまいます。

これは、私なりの方法ですけれど、結構 整理の仕方自体を楽しむことができます。
人それぞれに、何か 自分なりの根拠があると、
それを言わずとも それらを量りあう会話の楽しみというものもあると感じます。


 

2002.2. 6 (水)



いま ここ すべて


このテーマについては、何度か取り上げてきましたけれど、
やはり、私が何かにつけて 思い出し、新しい気持ちになれる言葉です。


人は とくに若いころや、自分を追いつめているとき、現状をなんとかしたいと考え
近未来や、先々の目的として、何らかの理想をえがきますよね。

それは えてして、 いつか、どこかで、まだ遭遇していない人や物事が基準になりがちだと思います。

それは あくまで、未来の計画としては 当然ありえるのだと思うのですが、
その未来という時に示されるであろう 結果は、
今と連続していないと、ただ単に妄想に終わる可能性が大だと感じます。

と いう事で私の場合、 いつかどこかで何かを・・・ という願望が生じる時、
今、ここに居る場所の意味と、それを共有している人や物事に、重要な何かを感じます。

けっこう、
きわめて重要な人や物事は、まるで 重要ではないかのように ころっがっている、と感じます。

こういった感じ方は、リアルタイムに消えていく演奏の瞬間と関わる事などから 学ぶ要素があると感じます。
そういった意味でも、音楽や演奏にかかわる ありがたさを感じています。


 

2002.2. 5 (火)



ミニスカートの女の子


演奏の前後は、演奏に関する事柄以外には、まったく気が入らなくなります。
だから、基本的には一人になります。

演奏直前に、知り合いがたくさんいそうな場所を一人で歩くとき、私は立花仮面になっています。

立花仮面・・・。
心は狭くかたくな。  何かを思いつめているような人物像。  視野は無い。 つまり、社交性ゼロ。
歩くための視野は、横仰角15°。  上は無く、下方向のみ道端3メートル先がリミット。
性格は凶暴。  早足。  言語は持たず、誰からも話し掛けられないようなオーラを撒き散らしています。

と ある日、
演奏を2分後に控え、私は 天下の社交場、中洲を歩いていました。
もちろん、立花仮面です。

そうすると、女性の声が私に話し掛けてきました。
「あ〜ら〜!!ひさしぶりネ〜。」
その声に思わず見てしまうと、綺麗なミニスカートお姉さんが 私に笑いかけています。

・・・  ・・・   ・・・   !

みなさん、
私のWhat’s New 楽しんでもらえていますでしょうか?
力尽きてしまいましたので、今日はこの辺で。

続きは また見てくださいね。


 

2002.2. 4 (月)



私のまわりには、強烈な個性を持った人達がたくさんいます。
当然ながら みなさん、自分は普通だとおもっていらっしゃるから面白いです。
私が最も変わっている、といううわさもありますが・・・。

と いう事で 今日は、私が影響を受けた人達の中から、おひとかた ピックアップします。


ドクターでもあり、ミュージシャンでもあるF氏。
若い頃の彼の趣味は、ジャズコンテストに出場して 優勝する・・・ということだったらしい。
これは、私の推測ですが。

彼は、1000曲以上の作曲作品を持っています。
今日 電話でお話ししたところ、「最近は作曲のペースが落ちたので、1070曲くらいしかないです。」
とのたまわっておられました。

ライブの時、彼はバズーカ砲やマシンガンやミサイルを持ってきます。
「うわっ!」と 思ってよく見ると、Bass のたぐいの楽器や周辺機材だったりします。

また ある時は、Bassist を連れてきます。 そのときの彼は、管楽器奏者だったりするわけです。
リハーサル中、私は彼を探すのに どこにいるのか戸惑ったりします。

彼は、作品がたまると 連絡してきてくれます。

私は、アンビリーバブルな作曲マシーンというキャッチを頂いていますが、そもそも彼と出会った事の影響は大です。

彼の場合、問答無用の 作曲モンスター、とでも言えるでしょうか?
1000曲以上創る人は、いまの処 彼しか知りませんね。


 

2002.2. 2 (土)



y感覚


子供の頃、それも ごく幼少時の記憶というものは、けっこう覚えているものだと思います。
ただ、大人になって 一般的な生活のいとなみの中では あまり思い出そうとする事もないでしょう。
それは、社会生活にとっては、あまり意味をなさないからです。
そうして、徐々に思い出せなくなってしまうと感じます。

私は 、ピアノの演奏でプロになりたいと 考えていた初期の動機や、
その当時のものごとの感じ方を、よく振り返ります。

同じように、子供の頃 感じていた 私の前に広がるものごとの印象も、よく回想します。

と ある時、この感覚を確認する作業の事を、y感覚(幼少時の感覚)という言葉のアイテムにしました。

y感覚って、以外にも よく思い出せるものだと感じます。
ただ、ちょっとだけコツがありまして、今現在の 日常的な価値観や、言葉を使わないようにします。
なるべく考えないで、感覚のみにゆだねることができると うまくいくと思います。
その当時と、同じ感覚になるためです。

これは、人間として 自らの姿を 第三者的に観察するために役に立つと感じます。
仕事には、直接関連はしないでしょうけれど、
長いスタンスでの視野の広さや、心の余裕というものには、結びつくのではないかな、と思います。


 

2002.2. 1 (金)



すっげえぇ、すったのぉ〜。 おらぁたまげただぁぁ。 こげんはやかっごと もぉ、にぃがつだりえぇ。
ばってんがらぁ、ちょっちまっちょってぇなあ。 すげはよ かくっさかぁ〜。 ってなごたぁげなずらだべっさ。」


ということで、

年が 明けたと思うまもなく 2月をむかえました。 いろいろなテーマをアップしていきます。
みなさん、今後ともよろしくお願いします。


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