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2001.11.30  (金)



そういえば・・・

 

11. 13に記した、日本将棋連盟の奨励会員、T君のことですが・・・。

彼の将棋を解説しているN八段
「どうして、今ごろ この戦法なんですかね〜!?」 と言って混乱していました。

私は T君に尋ねました。    「どうして、今ごろ この戦法なの?」

「それはね! 立花さんがね! 私にこの戦法ばかり試した事があるだろうが!
だけん、してみようかなと思ってしてみたと! あんまり、みんながよう指さん戦法やけんNさんも困っているの!」
という事でした。

実は、そのことはわかっていたのですが。

T君には頑張ってもらいたいものです。

ちなみに 私は、谷川九段のファンなのです。 

米長永世棋聖には、一つだけ面白い提案があるのですが・・・。
C級2組にまず上がってもらって、毎年昇段を重ねて、再び名人位をめざす、というのはいかがでしょうか?



 


 

 


 Jazz Spot NEW COMBO のマスター有田さんのラジオ番組

毎週土曜日 23:00 〜 24:00
JAZZ COMBO 」

立花洋一CD特集オンエアー 速報!

12月1日 (土)  23:00 〜 24:00
FM FREE WAVE ( 77.7 MHz )


皆さん!! ぜひ聴いてください。
感想や、このCDが欲しいなどの要望がございましたら、メールを送ってくださいね。

メールアドレスは、
mfm@piano-tachibana.com
です。

 


 

2001.11.29  (木)



アイテム


シンプルな気持ちで演奏する事を基本に考えます。

そのためには、様々な問題は事前に解決、整理されている事が理想でしょう。

私は、一定の期間 一つのキーワードを中心に置きます。
例えば、とある夜のライブでは
 「ドラムを聞く」というアイテムであるキーワードだけを 頭の片隅に置いておきます。
ライブが始まると、様々な事が次々におこりますが、常に一つのアイテムに戻ってくるのです。
一人になったとき、その事を中心に その夜おきた事柄を考えることもできます。

しばらくしてアイテムを変えてゆくと、以前のアイテムが その中で無意識に機能していることを感じます。

いろいろと自分で考え出したキーワードは、過去に蓄積された経験のデータであって、
本当に私のものではないと感じます。
それは知識にしか過ぎないと思います。

借り物であるアイテムが シンプルな私自身になるときには、経験による確信を伴っていると思います。

時間と 意識の2つの方向性が明確になる時、シンプルな気持ちになれると感じます。

この事に関連して、私が使ったアイテムを幾つか挙げておきましょう。

明日があるとは思うな   記憶は論理化された瞬間に値がつく   今 此処 全て
クリーン クリアー シンプル   初めて弾くかのように弾く   思考を捨てるための思考
過去を変える   黒人の血流   サイボーグミュージシャン   後天的先天性






 

2001.11.28  (水)



女性シンガー


私は、女性シンガーのステージをサポートさせてもらうことがよくあります。
だから、リハーサルやアレンジ、楽譜を作ることは日常的な事だといえるでしょう。


一度、「どのボーカリストが一番良いですか?」と尋ねられました。

そこで、良く考えてみて 答えは、
「その時の今、目の前にいるボーカリストが 最高であって欲しいと 思っているだけです。」
だという事がわかりました。

人と人との比較が生じない人間関係は結構、大切だと思います。





 

2001.11.27  (火)



数の直感


以前、数字の本質について 考えた事があります。

0     論理基盤。 物事を考える土台についてのルールみたいなもの。
1     自己。 自分を中心としたものの見方。
2     他者。 対象となる他者を意識する事によって、自分と比べる事ができる。
3     第三者。 彼我の関係に客観性をもたらす。
4     人間関係と、社会性との狭間。 社会の中の個人という葛藤を生じる。
5     全体の中の個人という感受性。 運命や宿命といった大局的なものを感じる。
6     全体に対する個人の働きかけ。 論理的なバランスを生じる。 
7     直感に基づく行動のイメージ。 全体のイメージに対する影響力。
8     安定したバランス。 イメージと現実の一致。
9     新たなる問いかけ。 10進法では、最後の要素。

数の本質を考えてゆくと、ある程度のイメージができますが、
自分なりのあらゆる事に、応用できると思いました。

対人関係や社会、暦や時間など。
音楽では、和声の機能や、テンション、リズムや構成など・・・。

ちなみに、テンションの数値が素数である事を発見した時にはドキドキとしました。





 

2001.11.26  (月)



ピアノを初めて弾くように弾く。


幾度も繰り返し演奏してきたスタンダードナンバーも、
あたかも、たった今出会ったかのような、驚きと感動を持って弾くという意味だと思います。

だから、
そういう気持ちに自分の気持ちを高めている時間帯には、なるべく人との会話は控えたいと感じます。

アーティストの中には、演奏と何もかかわっていなさそうな日常の時間にこそ、
そういう自己トランスレートのトレーニングをやっている人もいるだろうと思うのですが・・・。

昔、Keith Jarrett 氏の即興演奏をめぐって、即興の真偽をめぐる批評を読んだことがあります。
その時、そういった事を感じました。

実際はともかくとして、そういった事柄と出会うたびに
私は 、「初めて弾くように弾く」というキーワードの意味を考えます。






 

2001.11.25  (日)



ジェネレーション


実社会の人間関係では、世代間のコミュニケーションについて よく考えます。

物事の本質は、極端な場合を想定しながら 現実との対比をする事によって、理解しやすくなるでしょう。
そういう意味で、旧世代と新世代との関係は、「プロセスと効率の関係」 だと考えています。

だから、若い世代の人は、古い世代の人が示す 基本とその根拠に目を向け、
また、古い世代の人は、若い世代の人が持つ 才能の結果を示す事ができる道筋や環境を提供できる事が
世代間の本質的な交流を生むと考えています。

時代は刻々と流動してゆくので、
私の場合、
新しいサウンドを目指す仲間と、共に歩み寄る音楽活動をイメージします。

TRIO2000に は、そういうところもあると感じます。






 

2001.11.24 (土)



人生の転機


二十歳の頃、喫茶パブでアルバイトをしていました。

親不孝通りと呼ばれる 若者が集まる場所にある「ぷらいべぇと」という店でした。
私にはとてもなつかしい 青春のひとこまです。

と ある日、知人から 「君も先々 たくさんのお店を経営するようになるのだろうね。」 と言われました。
とてもありがたく 嬉しい言葉だったのですが、
私は その日の内に、「ぷらいべぇと」をやめて 次の行動に移る決心をしました。
生活の手段はないにせよ、ピアノを弾かせてくれる環境が、私の目標でしたから。

しばらくは、飲まず食わずの生活が続いたのですが、
「ぷらいべぇと」という居心地の良いスペースから、次のステップへと進める選択は、
次のチャンスを待つのではない、あの瞬間にしかなかったというのが実感です。

ただ、全ての責任は 自らにのみあるという事はもちろんですが・・・。


昨日、結婚披露宴に行ってきました。
スピーチで、初老の気合の入った男性が、新郎に向かって叫んでいました。
「おら〜!人生は捨て身よ!!捨て身で頑張れー!!」

久々に、インパクトのあるセリフを お聞きする事ができました。






 

2001.11.23  (金)



人の噂


以前、マネージャーをやってくれていたO君は、
私が3日間、徹夜で仕事をし続けている状況に見かねて私に言いました。

「立花さん!お願いですから、今日はエキストラを入れて休んでください!
後は、僕が全てを責任持ってやっておきますから! 僕に任せてください! お願いします!」

と、いう事で 私は真に迫ったO君の言葉になんとなく押され、その夜の演奏をお休みしてしまいました。

演奏とは、一期一会であり 休んでいいものではないのです。
きつい時には休む、という常識を知らない私にとって、休むという事はとても不自然な事でした。

そして、翌日には 案の定、不可解な噂が私の耳に入ってきました。

私が道を歩いているときに倒れ、救急車で運ばれ、再起が危ぶまれている、というのです。

O君は、ちょっとだけ気を利かして、
「立花は、体調が悪いので帰ってもらいました。」 と言っただけだったらしいのですが、
一日後には、人の噂に尾ひれが付いて、業界から抹殺されてしまうところでした。

だから、という訳ではありませんが、人の噂話は、基本的には信じないようにしています。
でも、お話しをしている人は信じているし、さらに信頼したいので、
人との関係は、
その場に居合わせない人の評価や憶測が話題にならなくてすむように
充実した環境でありたいと思っています。

もっとも私自身が弱いので、そういう環境の人間関係が必要不可欠であると考えています。






 

2001.11.22  (木)



又聞きの話しですが
以前、チームワークも良く、とても良くスウィングする 人気ジャズバンドがあったそうです。
コンサートも上手くいき、皆上機嫌でした。

一人のインタビュアーが、楽屋で「スウィングって何ですか?」と質問したそうです。
すると、質問の答えをめぐって激論になり、最後には大喧嘩になったらしい。

これは、ジャズの創成期にあって スウィングという言葉の定義が、
とても個人的なものであったからだと思われます。
どうしても譲ることのできない タブーに触れてしまったわけです。

現在でも、そういった 整理され得ない言葉はたくさんあります。
特に個人的な感情がからむ論理は、論理性を著しく阻害すると思います。
だから、これから何が語られるのか、おおむね暗黙の了解が必要になります。

この暗黙の了解のやりとりは、社会や人との相性によって異なると思います。


難しい言葉の中でも、最も誤解を生じるものは「愛」についてのものだと感じます。
辞書には
大切に思う心  暖かい感情  人をしたう心  異性をしたう心  相手が喜ぶ事をしようとする気持ち

といったような事があげられています。
一般的には、これで問題はおこらないのでしょう。


私個人としましては、感情が一切介入しないものであると感じます。
愛は普遍的なものであり、愛情とは似て非なり、対極にも近いように感じるものです。
普通、そのふたつは混同されていると感じるので、私の中ではタブーになっています。

そういえば・・・
「愛」についての定義の中で、最も共感を得る事ができた本がありました。

「戻ってきたアミ 小さな宇宙人」  エンリケ・バリオス著  石原彰二訳  徳間書店出版

私は 回し者ではありませんが、興味のある方は読んでみてはいかがでしょうか?






 

2001.11.21  (水)



後天的先天性


物事の感じ方を単純にするために 私は、造語を持っています。

「後天的先天性」とは、考えてトレーニングした音楽的な技術を
あたかも、生まれ持った 才能であるかのように、
考える事なく行為できるように昇華させてゆくイメージです。

知識や技術は価値のあるものですが
できるだけ早い時期に、その一つ一つに対するこだわりを捨て去りたいと考えます。

こだわりを捨て去るための道筋に「後天的先天性」という
キーワードであるアイテムを持っていると、感覚と 思考による技術との距離は縮まると思います。


昨夜は、福岡BLUE NOTE で ロニー・ジョーダンを聴きました。

エンターテイメント性がドラマチックに展開されるライブが多い中、
彼の音楽に対する考え方には、
ダンス、ミニマリズム、時代に対応したジャズというものがある事を感じました。

黒人バンド独特のグルーブの中に漂っていると、DNA に刺激を受けるような感じがします。






 

2001.11.20  (火)



音楽の4要素


音楽の3要素は、小学校で習ったと思います。
リズム、メロディ、ハーモニー。
律動と旋律、和声のことですね。

それでは、4番目に何かがくるとすると 何なのでしょう?

音楽の4番目の要素は、ダイナミクスだ という説と出会いました。
私は、この事を意識しだしてから それまでの音楽の感じ方が平面であり、
その後、感覚が3D化するように感じました。

音楽の感じ方には、段階を追って進化するような道筋があると思います。
点 〜 線 〜 面 〜 立体 ・・・

これは、日常の中での物事の感じ方にも応用できると感じます。






 

2001.11.19  (月)



一般的ではないにせよ、経験されている方も多くいらっしゃるとは思いますが、
何日も寝ないで エンジンをフル回転させた状況で 集中した仕事を続けていると、
「死」 を身近に感じます。

その時に ふと 「普段って、普通なんだ。」と感じる。
普通というのは、人が睡眠と食事を取る事によって 生命が維持されているのだな、と思います。

そういう考えというのも、瞬間的に 通り過ぎていくだけです。
考え始める時間があれば、眠るでしょうから。

私は そういう時 ある意味幸せです。

個人である事を越えたと思われる価値が、私に与えられていると感じるからです。
ただ、人間としての私は 何か置き去りにされている、という雰囲気もありますが・・・。






 

2001.11.17  (土)



What’s new を書き始めて、いくつかのリクエストテーマをいただきました。

私の持ち時間と、表現能力の都合によりますが、
このページに取り上げる事ができるテーマでしたら、反映していきたいなと思っています。

みなさん、どうもありがとうございます!






 

2001.11. 14 (水)


ライブ速報です




Jazz
&
Pops

12/16

(日)

18:00

福岡
ブルーノート


堤隆夫(Vo.)

with[立花洋一グループ]
丹羽肇(Bass)
長野一生(Bass)
木下恒治(Dr.)
赤崎進(G)
親川徹夫(As,Fl)
上田祐一(Violin)

詳しくは
http://www.njs.ne.jp/~tsutsumi/bluenote.html

 

\12000
ディナー付

演劇

12/23

(日)

12:00
17:00

博多座


博多演劇プロジェクトPAL
『あの、煌めきの日々よ』


[楽曲・演奏 提供]

チケットの申込みetc.詳しくは

http://www.sanken-fuk.co.jp/pal

 

S \5000
A \3500





 

2001.11. 13 (火)



T君の事。



彼は 将棋が強い。

私のプライベートな仲間、T君は歴史物戦国史を 良く読んでいるみたいです。
彼の印象は、言葉使いに気遣いと神経が行き届いているという感じです。

数年前に18歳だった彼は、礼節のある子供には敬語を使うけれど、
勘違いしている人ならば、相手が社長さんでも叱り飛ばしている。 そのような感じです。

とある日、プロ将棋棋士の養成機関、奨励会にいる彼の指した将棋がテレビで紹介されていました。
解説は、N八段。 とても好感の持てる紳士です。

私は、VTRを撮ってT君にプレゼントしました。
一緒にそれを観ていると、何故かめちゃくちゃに面白く笑えます。
横歩取り4五角戦法という、とても凶暴で過激な戦いです。

N八段が、T君の将棋を解説しているのですが、 たまたま その戦法が嫌いなのか、解説しづらそうにしています。
「どうして、今ごろ この戦法なんですかね〜!?」 と言って混乱していました。

私は T君に尋ねました。    「どうして、今ごろ この戦法なの?」

「……! ……!」

この答えは、また 続きを見てくださいね!?






 

2001.11. 11 (日) No.4



私とは


私の本質を、よく考えます。

私の名前は立花洋一だとして、名前は私の装飾的なものだと思います。
私の身体だとして、身体も借り物だと。
私の価値観だとして、それは私が昨日今日持っている、ものごとの感じ方を工夫する道具である可能性がある。
私とともにある全てだとすると、全ては私の外側だとわかる。 と、同時に 全ては私の内側にある事になる。

という事で、その件について不必要な 言葉を捨てていき続けます。
そうすると、考え方や、物事の感じ方でさえ捨て去るようになってくる。
そして、最後に捨てる必要のないものが、または、捨てる事ができない事柄が一つだけ残ると思います。

それは、呼吸している事になります。
呼吸は本来、与えられているものだったのだという処に行き着いています。 今、あたえられている。
呼吸という行為に、自分の個人的な非本質が関係している可能性があるでしょう。

だから、呼吸という活動の周辺から、全てを忘れ去る。
そして、その事ですら忘れ去る、というようになって行きます。






 

2001.11. 11 (日) No.3



Jazz Pianist 内田浩誠氏の新譜が手元にあります。
今宵は、初めて聞く瞬間が楽しみです。

20年くらいの以前、Full House というジャズのライブハウスで、
「スリー・フロム・ボストン」というLPレコードにサインをしてもらった感動がよみがえります。

結構、私はミーハーだと、何かの本に書いてあったのです。

その内田浩誠氏のアルバムの、Blues for Amos は私に希望を与えてくれました。
日本に住んでいる人でも、舶来のジャズを志す事ができるのだと、感じました。






 

2001.11. 11 (日) No.2



演奏技術 上達の姿勢  NY vs 日本


ジャズミュージシャンを目指す、ニューヨーカー達のイメージで、
日本のアマチュアの方たち 多くとは、決定的に違う事がありました。

思い込みが道徳なのではないかと思われるくらいに 非常にタイトだったという事です。

ちょっと上手なプレイヤーは、「俺は世界一だ〜!!!」という
念力みたいなものが強烈だから、物凄い説得力があります。

ちょっと、うまくいっていないプレイヤーは、強制連行退場
させられるのではないかと、ひやひやするくらい 思いっきり うまくいかない。

そして、そういう状況を見守るまなざしは 皆、わが事のように真剣でした。

スタイルにもよりますが、プロになってくると、そういうものは 水面下に隠れるようです。






 

2001.11. 11 (日) No.1



そういえば … NYで ツアーガイドから、ことわざを聞きました。

NYでは、「能ある鷹は、爪を振りかざす!!」でなければならない、そうです。

まあ、資本主義社会における 利潤追求が、最もタイトに反映される都市としては 当然かもしれませんね。

私は、地方の住人で良かったと思います。






 

2001.11. 10 (土) No.3



今日は、TRIO 2000 のライブです。

練習の成果が、楽しみです。






 

2001.11. 10 (土) No.2



NY


ニューヨーク(NY)のスタジオに入った時の事。

マンハッタンにある、One Soul Recording Studio でした。

2週間後にレコーディングするピアノを弾かせてもらいました。
で 感じたのですが、50〜60年代のジャズのサウンドなのです。
気候なのか、湿度なのか、空気の成分なのか、私の頭か耳のせいなのか。

私の中で ジャズの歴史を感じさせるサウンドイメージなのでした。

そこにある ピアノの音は、アメリカだけにあるのかなと 思いました。

後に聞いたところによると そのピアノは、ニューヨークスタインウェイのコンサートグランドという事でした。
NYスタインウェイの特徴は、スタインウェイの由緒ある素材なのですが、
製造工程がおおざっぱに、比較的 乱暴組み立てられたものだという事でした。






 

2001.11. 10 (土) No.1



ノリ(補足)



ミュージシャンの研究の参考になれば…。

リズムに対するイメージは、個人に帰属します。
それは、絶えず 経験との対比における 環境の影響を受けるからです。

パルスの解析能力と、そこに至る 瞬間的な反射神経、そして 解析臨界点に向かう論理的思考の客観性と、
今後 追究して行くものへのイメージとのギャップ。
こういう要素が 含まれると思います。

個人やグループ、文化や民族という、それぞれの傾向の中で 個人的な、リズムの進化のイメージが干渉し合う。
これが、グルーブではないかと感じます。
だから グルーブは、一つの作品の中に、複数の異なるパーソナリティが表現されたものではないかと感じます。
だから、ソロプレイや 打ち込みでは、リアルタイムに干渉し合う
異なる人格がシュミレートされる必要があると思います。






 

2001.11. 8 (木) No.3



ノリ


きみぃ!今日はノリがいいネ!
と、いう事で、ノリとは 生活の事じゃないでしょうか?

つまり、長い年月に培われてきた 土地や民族の文化に 見出される傾向だと思います。

NYにいる人たちと接していると、そういうアクセントを、ひしひしと実感します。

おしゃべりがシンコペーションしています。






 

2001.11. 8 (木) No.2



スピード感とタイム感


音楽表現の技術として、最初と最後に 要求されるものはリズムだといえます。
それは、リズムの根拠になる規則的なパルスの感覚です。

ゆったりとした速さの曲の中には、瞬時のスピードが 閃光のようにイメージされ、
ベリーファス(very fast / 凄まじく速いテンポ )をやると、静かな気持ちの観察が生じます。

これは、タイム感のもととなるでしょう。

結局、テンポとは 雰囲気の基準だという事になると思いました。






 

2001.11. 8 (木) No.1



私自身の 生まれ持った資質として、物事の全てと 関わろうとする傾向があると感じます。

私の活動の中心は、音楽的なコンセプトに絞られているので、かなりタイトに狭い所を選んでいると感じます。

ごくたまに身体や精神が、何人かに分身して 並列しているような人生や、

一日が 100時間、一週間が30日あるようなイメージで、遊んでみる事があります。






 

2001.11. 7(水) No.4



TRIO 2000


オリジナル ナンバーを発表していくJAZZ PIANO TRIOです。
Piano 立花洋一  Bass 長野一生  Drums 榊孝仁です。

どうぞ、よろしくお願いいたします。

ライブでは、スタンダードも 入れていきます。

いずれ、TRIO 2000 の活動も 皆さんに知っていただきたいと感じますので、
何らかの形で、お伝えしていきたいと思います。

私のオリジナルジャズナンバーは、今現在、170曲くらいたまっていると思います。
その中から、ピックアップしていきます。

ちなみに、今 テレビでは、トータルビューティ・エーワンのCMで、「Caput」という曲が流れています。

このレコーディングは、TRIO2000 ではなく、NY でのものですが、雰囲気は伝わると思います。
2001年いっぱい、KBC,TNC,FBS を一月ごとにローテーションするスポットです。






 

2001.11. 7(水) No.3


ライブのお知らせ!!

TRIO 2000

(トリオ・トゥサウザンド)

立花洋一/ピアノ  長野一生/ベース  榊孝仁/ドラム

LIVE at New Combo

2001. 11.10 SAT 8:00 pm チャージ \2,500-

皆さん! 是非 おいでください。





 

2001.11. 7(水) No.2



時から開放された思考について



人は、一人で生きて行く事はできないと思います。
社会から擁護されているから、言葉を持っているし、それを元にして考える事もできる。
そして、姓名も与えられていると思います。
その上で時間という感じ方のもと、過去を回想し、未来に希望や不安を持つ。

つまり、時間というシステムは、社会と関わる、個人の思考の基盤だといえるのではないでしょうか。

個人の思考の基盤は、自我だということができると思います。
という事で、時を感じる事ができるのは、自我だといえます。

演奏や 瞑想などで、「私」という自我が消滅しているといえる状態の記憶があります。
さらに その時、それまでの私自身が知らないような事を 明確に考えている事があります。
それは、私なのですけれど、立花 洋一という名前は持っていないと感じます。

そういう状態は、全てがシンプルな今であり、幸せを感じます。






 

2001.11. 7(水) No.1



宿命と運命について思う事



私なりの考えですが…

人が生を受けた時には、その瞬間だけに特有な天体の配置と、方向性があると思います。
無数の星が持つ重力の 微妙な力のバランスは、その人の生涯にかかわっていると思います。
私は、この生の始まりとの関係を、宿命だと感じます。

だから、普通は ここを変える事はできない。

その後、国家や民族、家系や時代背景、家庭や環境の流れの中で、人は成長するでしょう。
そして、誰しも 自分なりのものの感じ方を持って行くと思います。

一見、誰でも同じような意味しか持たないような事柄にも、相当な個人差があると感じます。
一日の意味。 昨日や明日の意味。 一週間、一月、一年、十年 … 。
そして、今ここ、というリアルな状態に対する 価値観。

こういった状況を受け止める感受性は、その人の考え方次第では、変化しうると思います。
こういった 価値観の集積は、人や場所との出会いを変える可能性がある。
その総称が 運命だと感じています。

だから、わずかながら ここにはチャレンジし続ける価値があるし、それは楽しさでもあると感じます。







 

2001.11. 6(火) No.3



キーワード



身体からリズムが表現される。

福岡BLUE NOTE に出演しているクリフォード・アダムスが、
訪ねて来てくれ、私のライブで一緒に遊んでくれました。

その時、仲間が 言った言葉で す。

私の中で何千回と繰り返されてきた言葉の一つです。

しかし、あの場所 タイミングで この言葉を、仲間から聞いた事によって
私のプレイは進化したと実感します。






 

2001.11. 6(火) No.2



ミュージシャンの心得



私は、仲間にいろいろな事を提案します。

その、いくつかの実例を挙げてみましょう。


「演奏は、命をかけて。 でも、その事は誰にも悟られてはいけないよ。」
その数日後、ピアノを弾いていると、でっかいゴキブリが、目の前に出現しました。
私は、迷わず逃げ出しました。


「風邪をひくのは犯罪! それをがまんして出てきて、人にうつすのは死刑!!」
でも やはり、ひく時にはひきました。


「私に ぎっくり腰など、有り得ない。 気合が入っていれば、そのような事とは無縁だよ。」
その、まさかと思っていた事は、しばらくして現実となりました。


今日は、これくらいにしておきましょう。






 

2001.11. 6(火) No.1



PIANO TRIO のルール



JAZZ PIANO TRIO もやはり、3人の絆(きずな)になってくると思います。

3人の演奏が与えられる その場に、一期一会が実感できるように祈るような気持ちです。






 

2001.11. 5(月) No.2



10月27日に記した事ですが…。


仙人は 私に言いました。  「本とは 読むものではない。」
「???」

「立花君、こっちに来てごらん?」

仙人のまくらの下には 2〜3冊の本が隠れていました。

「本はね、ここに こうやって置いとくと 中身は自動的に 頭ん中にはいってくるとよ!」
「ホラ、学生が受験勉強する時にね、よくやるだろうが!  はっはっは…!」

私はなるほどと思いました。
しかし、そのことについて あまり深く考えるのは とりあえずやめておこうと思いました。

その後、仙人は書斎で と ある本を見せてくれ
「この本は 今、最も重要な本だな。」 といいながら、
ウンウンと唸って 私がいる事も忘れしまったみたいでした。


その本は まくらの下には置いていないのでしょうか?

ちょっと、聞けませんでした。






 

2001.11. 5(月) No.1



楽しい時は、何も考えないほうが良い事もある。


という事で、お酒が入っている私は  みなさん!お休みなさい、という感じです。

そこで、中国の 古いことわざを思い出しましたので、今日の What’s new とさせてもらいます。

一日 楽しくしていたかったら 酒を飲んでなさい。

三日 楽しくしていたかったら 結婚しなさい。
一年 楽しくしていたかったら 豚の燻製を食べていなさい。
一生 楽しくしていたかったら 釣りをしていなさい。

だ そうです。






 

2001.11. 4(日) No,4



わかるということ


わかるということは ある事柄について
わかりようがないという態度を決めた瞬間を、覚えていようと しているつもり
なのかな と思います。

だから 一応 という言葉が省略されている と感じます。






 

2001.11. 4(日) No.3



思考の基盤



人には 物事を考えるときの 意図が生じる土台に それぞれの価値観に基づく傾向があると思います。

と ある日時に 何らかの結論を出す傾向。  結論を引き出すシステムを組み立てる傾向。
結論を求めない傾向など。

だとして、これらを始めとする傾向は、
時間という流れの管轄下にあると思うのですが、いかがでしょうか?

時から開放された思考とは、その基盤をどこに求めたらよいのでしょうか?






 

2001.11. 4(日) No,2



年齢不詳


私はよく 年齢不詳に見られるようです。


人それぞれの肉体的な年齢の印象は

呼吸法によって 随分 変わってくるのではないかな、と思っています。






 

2001.11. 4(日) No,1



発明



発明とは 情報の提示が共有される事だと思います。

情報が未知の場合は 発見になるのでしょうか?

と いうことで、情報の提示に至るプロセスが 既存のものは発明。
正体不明なものが 発見だといえるのかな?






 

2001.11. 1(木)



幼少時の記憶には、重きをおいています。



例えば、6才の頃。

私は、公園の鉄柵に腰掛けていました。
沈みかけた太陽で、全ての景色が斜陽の陰影に支配されています。
それまで、夢中に遊んでいた私は、ふと我に返りました。

さわやかな風は うごきをためらい、
スーツ姿の疲れきった男の人のうしろ姿が、私の目の前から 暗闇に向かって消えて行きました。

そのとき、運命や宿命という 不可抗力の存在感を 自覚したのだと思います。
私の声にならないセリフは、「んんん …  いやな〜ぁ いやな〜ぁ  … ううう … 」 だったと思います。

後に私自身 それは、大人にはなりたくない、という解釈をしていました。

今では、ピュアな気持ちを持ち続ける責任の所在は、全てが自らに帰属する、と解釈できます。






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