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2002.1. 31 (木)



思ってもみなかった事


何か、重要な場面に出くわすと 潜在意識にあるものが思わず出てくる、という事があると思います。

チックコリア氏を楽屋に訪ねて行き、自己紹介をしたときの事です。
私は、思わず 「私は、あなたの子供です。」 と、言ってしまいました。

おっ!隠し子が!・・・とは、思わなかったでしょうけれど。

勿論、私が Jazz Pianist として、彼のスタイルを勉強して育った、という意味です。

彼の精神は、とてもクリアーでシンプルな印象を受けました。
いろいろな事柄の、細かいところまでのほとんどが、彼なりに整理されていて、スッキリとしているようです。

多くの人達が抱える、些細な悩みや 解決が困難な問題は、
彼の人生では、早期に整理整頓されている、といったイメージを持ちました。

きっと、ポイント ポイントで、わかり易い言葉に置き換えているのだと感じます。

私の印象では、チックコリア氏のものごとの考え方は、とても合理的で速度が速い、というものでした。

また演奏を通して 理解できた貴重な事柄がありましたので、いずれ このコーナーでご紹介しますね。






 

 

2002.1.30 (水)



Mind Through The Blind


1990年頃、創った楽曲です。
この曲について振り返り、幾度か文字にした事がありました。
今となっては、過去の思い出になりますが、当時の文章を見ていると 懐かしいものです。



Mind Through The Blind の意味

と、ある朝方 まどろみの中で ふと我の在り方を 時間空間の中に見いだす。
そうだった ・・・ 私は「全てのことが知りたい」 と思っていたのだった・・・。
忘れていたが、常に潜在意識下にあった、このテーマを思い出したのだった。
俗世的な事に終始する毎日の表面から、ここに帰ってきたのは久しぶりだった。
その瞬間、えも言われぬ雰囲気が私を包む。
早朝の静けさの中、固有の時間が持つ霊的な雰囲気に何らかの重要な意味の気配を感じ取る。
音と時間の流れが止まった その瞬間
薄暗い部屋を仄かに照らすカーテン越しに差し込む太陽の光が 黄金色に輝いている。

私は直感した。
この瞬間を記憶に留めなければいけない ・・・ 。

半年後
私に重要なこの瞬間は 幸いにも Mind Through The Blind という楽曲として その痕跡を留める事になった。

そして今、この体験を共有する種族が人間として再会した事から
その意味が言葉をもって説き明かされた。

生きとし生ける人々の自我が形成される場において、今が拡張された事が。
その場を観察する意識空間に立脚した瞬間、死者の全てはよみがえる。
過去が今に含まれる次元に於いては、自我の痕跡を見い出しえない。
喜びや悲しみ、友情や愛情 憎しみや許し、  人のいとなみにまつわる心の模様、
それらの全てに価値がないと云うのだろうか?

はるかなる過去から今に至るまで、幾多の人々のいとなみが消えていったのだろう。
それら全ての心を感じ取る意識空間は、精妙なる振動のもと 一つの雰囲気を持つ。
それは、静けさ。

ここは、たった一人でしか来る事ができない処。
そして 言葉は意味をなさない。

自我に立脚する意図を持つ人間は、来ることができない。
だから、人と人との関係において、この場所はめったに扉を開かない。
心の中にすむ他人に自己を見い出す時、開く。
その時、人間は人になる。

だから、人と共有する事はできない。

彼我の区別に喜怒哀楽が演じられる。
統合されたあかつきに、人のいとなみは無い。



・・・
雰囲気や文体が重いかもしれませんが、
縁がありましたので、今日は その中の一つを掲載させていただきました。






 

 

2002.1. 29 (火)



私の記憶力


と ある時期から、人の名前や地名など、固有名詞を なかなか思い出せなくなりました。
ある程度以上、人と知り合っていくと、記憶の管理には限界が来ると感じます。
よく 取り上げられる話題ではありますけれど。

子供の頃、道端の小さな石ころの位置や形までも覚えていたことなどは、懐かしいです。

だから、より 知り合う方との関係は重要になってきたと感じます。
基本的に、全ての人との関係は、一期一会のスタンスですので
目の前にいる人との関係に、共有できる真実を見出そうとします。

だから、私と 時を共有してくださる方との 時間の質は、以前よりもクォリティーは高まったと感じます。

真実が共有されると、必ず また再会が与えられる、というのが実感です。

Bさんを紹介してくれたA君がいます。
とある日、3人が一同に会して飲み始めるとき、私は 平気で、A君にBさんを紹介してしまいます。
「お二人は、初めてですかね?」なんちゃって。
何度も、ご紹介者を唖然とさせてしまっています。

こういうような実情があります。
皆様に、お世話になっています。






 

2002.1. 28 (月)



アン・ビリーバブルな作曲マシーン


以前、フルートの井上信平氏から、光栄なキャッチをいただきました。

私は おだてられれば、木に登るタイプなので、状況しだいでは 一日に10曲は作曲できちゃうと思います。

作曲する理由がシンプルであれば 瞬時に曲想が完結します。
あまりに、簡単に創るので、居合わせる人は不安に思うこともあるようですね。
「本当にまじめに作ってくれているのかなあ?」と。

そして、何かもやもやとしているものがあると まったく思い浮かばないです。
瞬時のインスピレーションが降りてくるのに10年経ってもまだ来ないものもあります。
こういうのは、非常に心苦しいです。

だから、シンプルで楽しい ムードというものは、私にとっては 必要不可欠だと感じます。

と いうことで、これからも、シンプルで楽しい人間関係を心がけたいと思います。






 

2002.1. 27 (日)



So Straight


間を持たせるような手続はなしに、ダイレクトに心を揺さぶるような表現・・・。
そういった楽曲のイメージや 表現に出会う、という事があります。

そういう体験は、なかなか忘れ得ないものになると感じます。


今日は、私が影響を受けた書籍について、ご紹介させてもらいます。

以前、このコーナーでも ご紹介させていただきましたが、
エンリケバリオス著のシリーズ、1作目の「 アミ 小さな宇宙人 」 は、いろいろな方にお勧めできると思います。
これは、日常生活に追われる 現実という気持ちに対して、オアシスの水となるような読み物でしょう。

あと、私の場合 とても古くからある 古本屋に 行きます。
それも、なるべく大きなところが狙い目です。

いろいろな専門家の蔵書や、大学の研究室の研究資料などに、思わぬ収穫があると思います。

例えば、カントやフッサールは、まともに理解するのには難解すぎますが、
そういった書物の読み方に関して、当時の時代背景や著者の社会的環境に関する情報などを与えられました。






 

2002.1. 26 (土)



書について


人生にインパクトを受ける言葉、というものが まれにあります。

人は 本を読むために生を受けたといっても過言ではない。

こういう言葉に 出会ったのも、書物の中でした。

小説のたぐいは あまり読まないのですが、事実に則した物事から 書物漬けになりました。

ひところは 年間に300冊くらい読んでいましたが、今は それらの関連が
頭の中で 勝手に組織化しているといった感じです。

今は、難解な書物が 平行して20〜30冊、ちょっとずつ同時進行しています。

私の興味のある書籍についても、いずれ ご紹介していきますね。






 

2002.1. 25 (金)



世界ヘビー級チャンピオン


私は、格闘技の観戦が好きです。
そのせいか、何かと格闘系好きの人と盛り上がります。

高田延彦さんに、「The Kicker」という楽曲を書いています。
これは、プライドの忘年会で演奏するために作曲したのですが、
そのチャンスはタイミングを逸してしまい、いつか 演奏を提供できればいいな と思っています。

N.Y.のリンカーンセンターに、フルートの井上信平氏と一緒にウイントン マルサリス楽団を観に行った時の事です。

会場で、楽団の司会者から、客席のスモーキング、ジョー フレイジャーが紹介されていました。

ジョーフレイジャーといえば、モハメッド アリの好敵手として一世を風靡した、
ボクシングの世界ヘビー級チャンピオンです。
アリvsフレイジャーの試合は子供の頃見て、心に刻み付けられているものです。

そのジョーフレイジャーと、同じ会場にいる事ができる幸せと感動を実感したのですが
何せ リンカーンホールは、桁違いに広いのです。
彼の姿は、点よりも小さかったです。

何だか、幻を見たかのような思い出として 記憶にあります。






 

2002.1. 24 (木)



風邪の治し方


ジャズを奏る時、心の底から込み上げてくるような欲求がある事を発見します。
これは、ジャズのスピリットでありキースジャレット氏曰く処の「獰猛な欲求」というものだと感じます。
これは一見、怒りなのですが、怒りではない。

私が そう感じる根拠に、その怒りにも似たエネルギーによって、風邪が治るという事もあります。

今日は、私の風邪の治し方を公開します。
あくまで、私なりの方法なので、文責はご容赦願います。
基本的に、あやしいなと思ったときに、特に効果があります。


風邪をひいている人達がまわりにいて、その中で活動してきました。
部屋に帰ってきましたが、何となくやられているな、と感じます。

その時です! 私は、自身に対して怒りが込み上げてきます。
「オレハ、風邪をひくくらい暇なのかぁ!?   それくらいの事しかやっていないのかぁ〜!?  ゆるせん!! 」
「がお・がお・がおぉぉ〜!」
私の人格は豹変し、背筋はピンと伸び、目をむき、Tレックス(恐竜)のように吼えています。

そのまま、何がどうあろうとも、洗面台に向かうのです。
私は、「ガォー ガォ−!」と言いながら、まず歯を磨きます。
熱めのお湯でウガイをして、口内の病原菌は、ほとんど除去されました。

恐竜と化した私は、不敵な笑いを浮かべながら、逃げ惑う風邪の病原菌をイメージし、
トドメをさすべく、コップに熱湯を注ぎます。
その時も「ガルルル・・・」と、唸っています。

コップの中にはうがい薬が、通常の10倍くらいの濃度で入っています。
イソジンは、体質によって 副作用があるタイプの人もあるようですので基本的には使いません。

「・・・・・グアッハァーー!!! 全員集合!!」
風邪の病原菌全てに、のどに集まるよう命令します。

不敵な恐竜は、笑いをかみ殺しながら 熱湯うがい薬でうがいを始めます。
この時、やけどをしないようにしてくださいね。
コップ一杯の熱湯うがい薬を、10分間、100回くらいに渡って、ちょっとずつ うがいをします。

Tレックスが空に向かって吼えているようなイメージです。
「ガォーガォー・・・」
その時 風邪が治って、次にやるべき仕事や やりたい事をやっている自分を強烈にイメージします。

風邪の病原菌に向かって教育する事も忘れてはなりません。
「オレはイソガシイィー!  ひかえおろぅ!  100年は早いゼ! オトトイこいー! 
勘違いするなー! でてけー! グリヤ−!  デリィイト−!  アンドゥウー! 」

うまくいけば、10分以内に、完全復帰です。

今日は、凶暴な言葉が多くてごめんなさい。
みなさんのご健康を、お祈りしています。






 

2002.1. 23 (水)



キースジャレット
 keith Jarrett


私は 十代の終わりごろ、キースのケルンコンサートと出会い、
音楽活動の初期の二十歳ごろ、彼のような雰囲気の音楽に興味がありました。

これは、結構大変な事でした。
クラシックの弾き方しか知らなく、ジャズファンだった事もない私にとって、
彼のケルンコンサートでの即興演奏がジャズだったわけですから。

いわゆる一般的に言われるジャズ、ビバップというジャズのスゥイングが楽しくなるまでにかなりの道のりを感じました。
彼のジャズは、ハンガリアンの突然変異とでもいえるかも知れませんね。

サンベア−コンサート(直訳でヒグマコンサートという意味)という
10枚組みの日本縦断コンサートのLPレコードがあります。
私は とても好きですが、キースフリークという前提が必要なのかもしれません。
一般には、聞く努力を強いる事も多いようです。

フレディハバートのアルバムで、ビリーコブハムと共演しているものもあり、これはアンビリーバブルなメンツですね。
ギターはジョージベンソンだったと思います。 このアルバムは、アンサンブルの本質を考える参考になります。

その他、ステアケース、生と死の幻想、マイソングなど出色の作品がありますが、
スタンダーズのトリオで活動をするようになってから、ビバップジャズの市民権を得たと感じます。
スタンダーズVol.1のAll the things you are で、私は自分の感覚の全てを考え直したくなりました。

ちなみに N.Y.に行った時、手続きが難しく、彼には会えませんでした。
まだ 未発表なのですが、私のN.Y.のレコーディングに参加してくれたベーシストのマーカスマクラーレンは
キースの息子さんにベースを教えていた事があるそうです。

孤高の感があるキースが、唯一身近に感じる事ができた思い出でもあります。






 

2002.1.22 (火)



表現の選択肢


私は 全ての常識に対して 本当にそれで良いのか? と 感じるタイプだと思います。
えてして、問題は山積みになってしまうので、常識的に振る舞おうとする傾向はあるかもしれません。
疑問を持っている事が 当たり前になっているので、結構落ち着いているとは思います。

ミュージシャンが共演する時には 様々な暗黙のルールがあり、
お互いに、感覚的な常識に対する感受性を量りあう事もあります。

演奏のスタイル、という言葉は そういう事柄を 考えやすくしますが、
様々な音楽表現の可能性を規制するものになっている可能性もあるでしょう。

ここ20〜30年の音楽の進化は、本質的には事実上 止まっているのでは?と感じてしまいます。
アイディアや発明の基盤となる、発見や創造レベルでの 問いかけがあれば、
音楽の様相は大きく変わると、想像します。

もっとも、こういいた事を追究してきたのが、音楽文化の形態変化だともいえますけれど。

今後は、音楽的素材の組み合わせというより、素材そのものに対して聴衆の意識が参加するものをイメージします。





 

2002.1.21(月)



言葉の力


言葉って、私たちが感じている印象を はるかに上回ったエネルギーを持っていると感じます。

心の中で使われる言葉によって創られる イメージは、現実を変えると思います。

だから、物事の感じ方によって 環境は変わり、共感による人との出会いも与えられると感じます。

コンピューターのプログラムは幾つかの階層によって成り立ち、
最上層のブラウザを通してインターネットコミュニケーションができているという事ですけれど、
私たちの現実にもそのようなものを感じます。

それは、何気ないところに 顔を出しています。

たとえば、上下左右という考え方は言葉の綾だと感じるのですが・・・。

鏡の前に立ったとき、なぜ 左右は入れ替わるのに、上下は入れ替わらないのでしょう?

私は、y感覚(ワイ感覚)というアイテムを持っています。
これは、幼少時の記憶という意味で、初心を忘れないためのものですが、音楽の表現を考える時に役に立ちます。

私は幼い頃、上下と左右を教えられたとき、左右や前後はおかしい!!と感じて不愉快だった記憶があります。
そして、そのうちに 現実に流され 立ち返る事のできなくなる事実。
そういうものに対する衝動的な知的欲求の記憶を忘れたくない、とも感じました。

みなさんは いかがでしょう?






 

 

2002.1.20 (日)



かっちょいいミュージシャン (人に聞いた実話編)


いろいろな先輩ミュージシャンの方々から聞いた話です。

○ 大きなショーの仕事で、4時間かけて 車を運転し とあるホテルに着きました。
  汗だくになり、へぇへぇいってドラムセットを持ってあがりました。
  会場はガランとしています。

  ちょっと着くのが早すぎたようです。
  1ヶ月 ばかり。


○ 昔は、サパークラブといって、大きなホールでの仕事がありました。
  ソシアルダンスを踊るカップルなどがたくさん来て、ホールには人工の池のオブジェなどがありました。

  お客さんの中には、必ずチップをくださる方もいらしたようです。
  サックス奏者は ステージから降り、そのお客さんのそばに行き 「ハーレムノックターン」を奏でるのです。
  帰って来ると、お札が数枚アサガオの中に入っているのです。

  と ある日 そのお客さんは数人の 綺麗なおねぇさんに夢中で、
  サックス奏者が、しつこく周りを徘徊している事も、最後には池に落ちた事も気が付かなかったようです。


○ 徹マン(徹夜のマージャン)3日目のステージ、
  アドリブの最中にもかかわらず、サックス奏者は楽器をくわえたままマイクに向かってイビキをかいていたそうです。


○ ひな壇の上にビッグバンドがいます。 一番上の中央がドラムです。
  ショーも順調に進み、すばらしいシチュエーションだったと思われます。

  最後の曲の、最後の一発で、ドラムセットが崩れ落ちるまでは。


今日はこのあたりまでにしましょう。






 

2002.1.19 (土)



安全確認


車のエンジンをかけ、シートベルトをします。 左右を確認してから発車ですよね。

昨夜、サテンドールというスタンダードナンバーを演奏したのですが、
イントロを弾く瞬間、思わず安全確認をしちゃいました。
我に返ると、車の中ではなく、ステージ上だったです。

今までに何回か、そういう事がありました。 ちょっと 恐怖を感じます。
場所とシチュエーション、身分をわきまえていなきゃ と実感する自らが不気味です。

ちなみに、気持ちをリフレッシュする為に 年に一度くらい 背振山までドライブします。
早朝に行くので、無音を体験できます。
そういう時、演奏や音楽活動、人間関係や生きていることなどについて、ニュートラルを確認します。
冬場は凍結しているので、春を過ぎてからが良いですね。

そういえば以前 冬場に行って、気が付いたら 私の車が滑り落ちていて、人力で止めた事がありました。
こわい、こわい。






 

2002.1.18 (金)



ヒップなリズム


「 格好良さは 音楽表現の道徳。 」
これは、私の個人的かつ 一過性のアイテムです。

できるけれどやらない。
知っているのだけれども、知らないかのように弾く。

そういう()に、私の演奏を共有してくださる方々の心が動く。
そういうものも出てきます。

ジャズのリズムに共通する独特のアクセントには、
そういう 相対的な表現の感覚に長けた人の痕跡を 直感します。

ちなみに 私は この感覚に関して、いろいろと考えた事があります。
それは、機会を見て 取り上げますね。
アイテムの名前は、意識座標系です。






 

2002.1.17 (木)



今 ここ 全て について


これは、常に感じるキーワードなのですが、
いろいろな日常や社会的活動の中で、過去の経験をもとにして 将来を考えます。
そういう時、最も忘れやすい大切な事が 「今 ここ 全て 」 にあると感じます。

今、この瞬間、ここで活動している私はまったく迷いがなく、これで良し。
そういう私が、全ての人や世界と繋がっている事を より深く実感したい。

こういうようになりきる方向性です。

勿論、そうならない時が 多々ありますので、このアイテムは助かります。






 

2002.1.14 (月)



時間について


演奏や唄を聞いていて、速度を感じさせられる瞬間が 快感です。
ミュージシャンは、スピード感 と言ったりします。

表現の中に そういうものが光ると、その表現者に関して ある種の達観を感じます。
一般には 聞きのがしてしまうような刹那の時間に、
その表現者は確かな 価値のある時間の点を確信している、といったような印象です。

だから、その表現者は 時間に関して、
一般に知られている以上の何かを感じる能力があるのではないか、と想像してしまいます。

多くの場合、無意識にコントロールされる そういった感覚を 論理立てて解体できるとすれば
それは、音楽の表現の基盤が進化すると感じます。


そういうこともあって 時間の本質について考えてしまうのですが、
時間という考え方は、私たちが物事を考える 全ての土台に隣接していると感じます。
だから、いくら考えたところで その考えが立脚している土台自体を解体する事はできないと思います。

と いうことで、思考のシステム全体を 客観的に観察する手段が必要になってくると思われます。

考えないで考える・・・。  考えていないけれど、考えている・・・ 
と、こうなっちゃうのでしょうか?

こういうのって、今のようにロジカルではない 非効率的な思考形態のなかにヒントがあるような気がします。
そういう意味で、とても古い書籍などには魅力を感じます。






 

 

2002.1.13 (日)



アイテム


唄や演奏は、最高のシチュエーションでできるといいな と思います。
こういう時、オリジナルの造語が役に立ちます。

○ イマジネーション・ギャラリー
ライブハウスやコンサートホール、密室や野外など、
それぞれの場所にも戸惑わずに演奏したり歌ったりできるイメージ上の仮想空間と、観客の事です。

○ イマジネーション・ギャラ
ギャラがマイナスの時ってあるのですよ。 それにも関わらずに心底 嬉しがる心を持てる。
「今日のギャラは利息がついて、200万円かぁ。 ラッキー!!」

○ イマジネーション・ギャル
1000人の敵に囲まれていても、マシンガンを頭に突きつけられていても、心底幸せを感じながら演奏できる。
「タチバナさ〜ん、ス・テ・キ・よ・・・。がんばって〜。」 「よし!僕は、君のために弾くよ。」






 

 

2002.1.12 (土)



時間について


楽しい時って、すぐに過ぎるものですよね。
お話ししていたり、音楽を聞いていたり、充実していると すぐに過ぎちゃいますね。

勿論 私もそうなのですが、どうも、一様ではないものを感じます。

朝方、とある テーマに沿って物事を考え始めると、お昼になっちゃう事があります。

一度、オフの日に 区切りが付けられるまで考えていたら、70時間以上は過ぎちゃっていて、
寝てない、食べてない、おフロ〜、という事になっている。  ごめんなさい。

ここまでは、まぁ 許されるとして、勘違いかなぁ とも思うのですが、
とってもあせって、車を運転した日、愛車のデジタル時計が 一挙に10分も進んでいるんですよ。

ちなみに、私の部屋にあるデジタル時計は、腕時計以外は ほとんど狂っています。

普通、時計って そんなに狂うものなのでしょうか?




 


 

2002.1.6 (日)



完全休養の中で、いろいろな事をチェックしました。


メディテーション(瞑想)をずっとやっているのですが、そもそも瞑想を始めたきっかけは、
疑いようのないリズム、ダイナミックなメロディ、本当に心に聞こえるハーモニーを奏りたかったからでした。

そして今、感じる事は
本当のサウンドを表現する為には、私の心を私自身が正しく実感する必要がある、という事です。

これは、どこまで追究していっても終わりがないと感じます。

私自身が考えている事が、本当に意味をもって私を変える力を持つものなのかを追究していくと、
私と聴衆、私と社会の関係が浮上してきます。

それら全ての知識や印象をひっくるめて、私のプレイに反映してくると思います。

それは、私の個人的な考え方に他ならないので、私は 私の考え方を客観的に観察する必要を感じます。

そういう訳で瞑想をしますが、そのイメージは次のように言えると思います。
起きていながらにして、寝ている状態を観察する。
生きていながらにして、死んでいる状態を知る。
有識(心が働く)を、無識(心の働きが止まる)から観察する。

このように、極端に相反する相補の状態に身を置く事によって、
日頃の音楽活動の心の位置を知る事ができる、というイメージを持っています。




 


 

 

2002.1. 3 (木)



2002年は、いろいろな方々に
私のオリジナル曲が提供できるような活動をやっていきます。

みなさんと共に 飛躍したいと感じます。

1月中に、数曲のオリジナルのデモテープを作ろうと思っています。
このホームページでもご紹介する事ができたらいいな と感じます。

と いう訳で今後とも 可愛がってくださいね。




 


 

2002.1.2 (水)



感情について


人の感情や気持ちについて感じることがあります。

現代社会の基礎には、論理的な考え方によって進歩する、というものがあると思います。
社会の末端にいる私たちもだんだんと、合理的な考え方になって来ていると思います。

時代が移り変わり、10年 20年と経ちますと、世代間での感情の(はか)リ方がわかりにくくなりますが、
ジェネレーションギャップを超える交流のシステムが、わかりやすく示される余地もあると感じます。

テクノロジーの発達に伴う産業の展開は、人の基本的な幸せを見据えてのことなのでしょうけれど、
はっきりとしない事がたくさんあると感じます。

人の気持ち、資本経済社会、人間とは・・・この3つのものが、はっきりとした一本線上に示される。
心の時代になるという意味には そういった合理的なロジックの上に、
人の気持ちが観察できるようになるようなものだと感じます。

世の中には、様々な情報交換のシステムが あると思いますが、これからは それらを始めとされるものを使って
「自分が人である事を 自らの内側に、論理だてられる」 情報が示されるような時代になるのではないかな と感じます。





 

2002.1. 1 (火)



明けましておめでとうございます。

今年も よろしくお願いします。

立花洋一



 A HAPPY NEW YEAR !!

2002.1.1

YOUICHI TACHIBANA


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