2002.3.7(木)


キースジャレット分析 No,1             BACK NUMBER


 

 

今回は、Keith Jarrett 氏の表現に関して 考えてみました。

 

 

ピアニスト キース・ジャレットに関する分析は、あくまで私個人の主観的内容です。

そして 分析は 本来の目的である 私自身のプレィの向上に従うものです。

 

 

§1 レガート奏法

 

◎ タッチ

 

徹底的な、レガート奏法 という 基本コンセプションを感じます。

ここでまず、キースがキースたる由縁を感じさせられます。

 

○ 彼は、とある時期に 特別な決意を以って そういう方針を決心したのではないか、

という問答が 常に私の心に生じます。

 

決意 というのは、そのレガート奏法の選択によって彼自身が所属することができる

アンサンブルの雰囲気が、かなり局所に限られたものになる可能性があるからです。

私は そこに彼の心意気と、思いきりの良さ、卓越した決断力を感じます。

 

 

○ スタイル

レガート奏法の選択は、彼のアーティストとしての スタイルを決定付けるものであると感じます。

 

 

○ レガート奏法の先駆者

ポール・ブレイのスタイルの影響を感じます。

 

○ ベンド・ノートのイメージ。

ピアノの音は一音一音が独立しているので、ヴォーカルのように 異なる音程のトーンが

連続してつながることによって、フレーズが作られることはできません。

ピアノの表現は、フレーズによって連続して歌っているようなイメージを表現します。

キースのそれは、多くのプレィヤーよりも より、音と音との連続、というイメージの主張を強く感じさせられます。

 

○ ピアノを弾く

ジャズピアノの雰囲気は、ピアノを叩く という印象がありますが、

彼の場合、弾くという意識と叩いているという意識に明確な自覚があるのではないか と感じます。

 

○ 文学的な表現

有機的な印象を受けます。

有機的な表現の印象を感じますが、その土台には、構築的な理論の土台が想像できます。

 

また 私が 彼の表現を文学的だと感じる根拠には、当然ながら 彼が数学的な感覚基盤を持っている からだ と推測できます。

ただ、この数学的だ と感じる表現手法に関して、多くの人たちは 納得のいく説明を得ることが難しいようです。

なぜなら、キース自身が どこまでに意図を関与させているのかを 明かさないスタイルを持つからです。

 

 

§2

 

◎ ブルース・フィーリング

彼の表現に関して、ついつい 彼が立脚している感覚の根拠を推測してしまいます。

私は、音楽のジャンルやカテゴリーを考えます。

 

ジャンルやスタイルに関して、「そういう事は重要な問題ではない。」といった意味の言葉を耳にすることがあるのですが、私の場合、そういう概念はライブやコンサートの方針が決定するまでは、必ず考えます。

極端にいうと、ジャズを奏るとき 音頭やドドンパのノリにならないように考えます。

音頭やドドンパを表現する時には ジャズのノリにならないように考えます。

また、モーダルなハーモニーにの進行には、古いUm7〜X7(トゥ・ファイ=ビバップの語法の中でも初期のもの)の感覚は排除しょうと考えます。

 

 

キースには、素朴な平野を感じます。

クラシックの気品の中からフォーク・ソングのようなノー天気な歌が聞こえてくるような印象です。

スラム街の鉄筋コンクリートや、お酒に酔ったような脱力感はマッチしないと感じます。

ビバップを演奏するキースに関して、

何かしらすっきりと解決しない心のつっかえを感じるのは 私だけではないと思うのですが、

黒人の影であるブルース・フィーリングとは、何かという問題提起を幾度も繰り返します。

 

 

§3

 

◎ 唸り声

私は、あまり気になりません。

 

一般的には かなり 話題になるようで、彼の唸り声が 邪魔になるように感じる人も多いようです。

 

唸り声が聞こえていようとも、その声が掛け声のようなパフォーマンスになろうとも、気になりません。

 

ピアノの音が どんどんと上がって行く。 そして、声も上がって行く。

そして 上がっていった先に鍵盤が無く、声だけが残った・・・。

瞬時のうちに動揺と 立ち直りがくる。

そのようになっても 気になりません。

ただ、めずらしく 身近なものを感じて嬉しく、また笑えましたが。

 

唸りすぎて 咳き込んでしまっても それがカッコ良く感じます。

 

唸り声の根拠は、他の要素とも関連性を感じます。

彼自身が聴衆に求めているものは、ピアニストの範疇を超えて、彼自身が実感するイメージの共有の方向性だと感じる事から、そのように言えると思えるからです。

多くのピアニストも そのように考えていると思いますが、彼の場合 その事柄に対して、集中力の 卓越と、妥協なき姿勢に徹底しているものを感じます。

 

一般には、リズムを表現する手法としては、レガート奏法は効率的だとはいえないでしょう。

にもかかわらずに、レガート奏法による効果を超えるリズムを感じさせられる。

それは、リズムを表現する手法といった実利を省みない。

実利を超えて、心に感じるイメージとの関係に、彼が価値を感じていると推測します。

彼が感じるイメージの内側から抽出されるリズムに対する、彼の興味を想像します。

 

ベンドして聞こえる音のところでも述べましたが、二つ以上の音が つながって聞こえる。

これは、彼の心の中に聞こえているフレーズは、必ずしもピアノという媒体にとどまるとは限らないことを意味している ともとれます。

 

 

ちなみに、雑音としての彼の声ですが、彼自身は邪魔にならない。

その理由は 一般に音として聞こえる可聴音域にある、心に聞こえるサウンドとピアノの音に、聴覚の対象を絞っていることのあらわれだと推測することもできるかな と感じます。

 

ゲーリ・ピーコック、ジャック・デジョネットとのスタンダードは、年々より 集中力を高めてきたと感じます。

それとともに、一般のビバップ・ファンの賛同も得られるようになってきたと感じます。

なぜなら、3人の初期の目的である、ビバップというテーマが、彼らなりに明確になってきたからだと、想像します。

その代わり、キースのレガート奏法は 以前ほど強調されるものではなくなってきたように感じます。

彼ら3人は、スタンダーズ結成に際して、3人が お互いの音を聞き合う という確認が特に約束ごととして話し合われたそうです。

私の憶測では、キースの聴覚の対象が、現実に生じる可聴音域範囲内にある、Piano  Bass  Drums  に拡張された分、彼のイメージに上がってくるサウンドは、より現実に近いピアノという楽器の音に絞られてきたのではないかな、と感じます。

 

ちなみに、ブルースを研究した痕跡のようなものも、比較的最近のものに感じます。

彼自身は 自分の興味の対象は、世間一般に近づいてきたと、感じているのではないでしょうか?

だから、そこが彼自身の中で問答をはじめると、また何か騒ぎを起こすと感じます。

ごく最近発表された「INSIDE OUT」などは、そういうものなのではないかと、想像してしまいます。

 

 

§4

 

◎ キースの評価

ジャズを愛する人達のなかでも、キースの話題になると 感情的になる場面をよく見かけます。

好むことも好まないことも、感情的になってしまう。

だから、話題としても 非常に困難なアーティストです。

かく言う私自身が 書いていることが冷静なものかどうなのか わかりませんが。

私の場合、根底に キースに魅了されているところがありますので。

 

※ 好まれるところ/キース・フリーク

 

それを私自身が理解するために、これを書いていると言えます。

 

 

※ 嫌われているところ/アンチ キース・ジャレット (憶測です)

 

ジャズ≒ビバップ に魂の躍動を実感する人は、人生を土足で荒らされるような気持ちになる。

ジャズについての持論を、暴力的にないがしろにされるような気分になる。

酒が飲めない。 唸り声が耳障り。 ナルシズムがトゥーマッチ。

一曲の即興演奏に 既成のロックだの フォークだ クラシックだと 次から次へと節操がない。

キースが好きな人の中には、ジャズを見下げているものがあると感じる。

チームワークの統率効率が悪く、共演者の良さを引き出せていない。

ブルースフィーリングの欠如。 模倣すると、具合の悪いことが起きる。 etc.

 

挙げれば きりがなさそうですし 目的からずれてしまうので、このあたりにしておきましょう。

 

 

§5

 

◎ 環境

 

○ ECMとマンフレット・アイヒャー

キースのアーティストとしての素材を、社会的なものの中に投影する事ができるバックボーンです。

Keith Jarrett とアィヒャー、そしてECM の関係は相補のものですが、

キースにスポットを当てる という私のコンセプトから見てみます。

一人の人を信じきり、自らのすべてをたくす事ができる 物事の感じ方を持っていると思います。

こういった事柄は、結構 見落とされがちだと感じます。

演奏の説得力は言うまでもない事ですが、アーティストとしてのスタンスは、人に自らをたくす事ができる才能も必要なことなのかもしれない と実感します。

 

ちなみに、彼のレコーディングから聞き取る事ができるサウンドのイメージには、リバーブ成分が多いということがあります。

その理由ですが、一般に行われるジャズのジャムセッションはハコの大きさやキャパシティに、ある程度 限りがあると思います。

しかしながら、キース自身が持つサウンドのイメージは、その範疇を超えたところにある、という考え方なのでは、と 感じてしまいます。

そういうものをプロデュースする直感の結果が、リバーブ感のコンセプトを作ったのではないか、と想像します。

 

ちなみに、マイルスにトリビュートされた 「Bye Bye Black Bird 」 あたりの一時期には、キース自身が考える、一般的なビバップへの興味を感じます。

それら一連のレコーディングやビデオからは、フラットな音響効果への試行を想像する事ができます。

 

§6

 

◎ 所感

○ ここまで進めてきて、キースの事が、かなりはっきりとしてきましたが

本質的には、キースの事がはっきりした というより、私にとってキースを分析する 私自身の感じ方しかはっきりしていないという印象を持ちます。

 

どこまでいっても、何かすっきりとしない気持ちで、どうしようもなく気になってしょうがないアーティストです。

タイトに分析をしようとすると困難を感じるアーティストです。  でも、ほぼ 無条件に好きです。

 

またいつか、私なりの キースジャレット分析を発表したいと思います。

 

 


3月7日へ戻ります キースジャレット分析No,2へ  トップ・ページへ